「晃!」
聞き慣れた声が、
病院の静けさを破った。
顔を上げると、
父さんが早足でこちらに向かってくる。
その姿を見た瞬間、
胸の奥に張りつめていたものが、
また一段、緩んだ。
父さんが急いで……来てくれた。
「瑠璃子は!?」
父さんも、動揺が隠しきれてない
せいか、普段あまり母さんの事を
名前で呼ばないのに、今日は
名前で呼んでいた。
息を切らしながら、
父さんは俺の肩に手を置く。
「今、検査中で……」
「過労だって……」
言葉を絞り出すみたいに伝えると、
父さんは一瞬だけ目を閉じた。
その仕草が、
大人の余裕なんかじゃないことは、
すぐに分かった。
父さんも、怖いんだ。
ただ、それを外に出さないだけ。
「……そうか。」
短くそう言って、
深く息を吐く。
それから、
俺の隣にいる琴音に気づいた。
「ああ……琴音ちゃん。」
父さんは、
状況を一瞬で察したみたいに、
静かに頭を下げた。
「来てくれて、ありがとう」
「晃が一人だったと聞いて」
琴音は少し驚いたように、
それから慌てて首を振る。
「いえ……」
「晃が……すごく不安そうで」
「心配でいても立ってもいられなくて。」
父さんの、”あぁ”というその言葉に、
俺は気付いた。
――見られてた。
父さんが来てからも少し、
琴音に手を握られていた事も
俺が弱っている姿も。
でも、
父さんは何も言わなかった。
ただ、”そうか”と小さく頷いて、
それ以上、踏み込まなかった。
その距離感が、
ありがたくて、
少しだけ、苦しかった。
少し時間が経った頃、
白衣の医師が近づいてきた。
俺の心臓が嫌な音を立てた。
心拍数が上がる。
「篠崎さんのご家族の方ですね。」
父さんと俺は立ち上がる。
「奥様ですが、過労による体調不良です」
「幸い、命に別状はありません。」
その一言で、
肺に詰まっていた空気が、
一気に外へ流れ出た。
……よかった。
本当に。
「ただ、かなり無理をされていました。」
「最低でも三日間は安静が必要です」
「そのため、入院して様子を見ましよう。」
父さんは、
何度も頷いた。
「よろしくお願いします。」
俺は、
横で話を聞いている琴音を、
ちらりと見た。
彼女は、
胸に手を当てて、
小さく息をついていた。
安心した顔。
それを見て、俺は思う。
――こんな状況でも、
琴音は人のことを気遣えるんだ。
その優しさに、
また胸が締めつけられる。
「……俺、気づいてたはずなんだ。」
思わず、口をついて出た。
「母さん、最近ずっと疲れてて……」
「忙しいんだろって……。」
「なのに……気遣ってやれなかった。」
「こうなったのは俺のせいなんだ。」
父さんは、
俺の言葉を遮らずに聞いたあと、
静かに言った。
「誰のせいでもない。」
「大人が、自分で背負った結果だ。」
「父さんも忙しい事を理由に母さんの」
「傍にあまり居てやれなかった。」
その言葉は、
慰めでも、叱責でもなく、
ただの事実だった。


