*琴音*
初詣の日から、
気づけばいくつもの時間が流れた。
晃の誕生日も無事に終わり、
春休みが来て、
理央の誕生日も私は隣で一緒に過ごした。
春になった。
制服の袖は少し軽くなって、
風に混じる空気も、冬とは違う匂いがする。
三年生になった、という事実が
まだ実感としては追いついていないのに、
周りだけが一歩先へ進んでいるような気がして、
時々、胸の奥がざわつく。
でも――
そのざわつきの正体は、不安だけじゃない。
理央がいる。
それだけで、
私はちゃんと前を向けていると、
今ならはっきり言える。
理央と並んで歩く帰り道。
何気なく交わす”お疲れさま”や”また明日”。
それだけの言葉が、胸に静かに染みていく。
彼が好きで、愛おしいくて私の
心は全部理央になってる。
迷いなく、心からそう思える。
理央の手の温度。
少し不器用な優しさ。
私の話を聞く時の、真剣な横顔。
全部が愛おしくて、
失うことなんて考えたくもない。
だからこそ、私は自分の中の
”もう一つの気持ち”と、
ちゃんと向き合わなきゃいけないと思っている。
晃のこと。
晃は、特別だ。
でもそれは”恋”じゃない……。
幼稚園の頃から、
当たり前のように隣にいて、
気づけば笑っていて、
気づけば支えられていた存在。
家族みたいで、
兄弟みたいで、
何より”幼なじみ”だった。
晃が私を好きだと言ってくれたあの夏。
あの言葉を、私は忘れていない。
でも、あの時から私の気持ちは変わっていない。
大切だけど、恋にはならなかった。
晃が苦しそうな顔をするたび、
胸が痛むのは確かだ。
でもそれは、
誰かが泣いていたら放っておけないのと同じで、
幼なじみとして、
一緒に育ってきた人としての感情だ。
理央への気持ちとは、まったく違う。
晃の隣にいると、
”守ってあげたい”
”そばにいてあげたい”と思う。
理央の隣にいると、
”ずっと一緒にいたい”
”離れたくない”と思う。
その違いを、私はちゃんと分かっている。
それなのに――
時々、誰かの視線や、
何気ない一言で、
この距離がぐらつく瞬間がある。
私が晃のことを気にかけると、
理央を不安にさせてしまうかもしれない。
それが怖い。
私は理央を選んだ。
今も、これからも。
それなのに、
誰かを大切にする気持ちが、
別の誰かを傷つける形になるかもしれないなんて。
”優しさ”って、
こんなにも難しかったんだ。
それでも私は、
誰かを切り捨てることで
安心を手に入れる選択はしたくない。
晃は、私の大切な幼なじみ。
理央は、私の恋人。
この二つは、
比べるものじゃない。
でも、周りから見たら、
きっと分からない。
だからこそ、
私は自分の心だけは、
絶対に見失わないと決めている。
理央が好き。
心から、大好きで、愛おしい。
その気持ちだけは、
どんな風が吹いても、
ほどけないように、
ぎゅっと胸に抱いていたい。
春の風は、
まだ少し冷たい。
でも私は今、確かに……
大切なものを抱えて立っている。
琴音 side 終わり


