マンションのロビーは、
午前中の柔らかい光に包まれていた。
ガラス越しに差し込む冬の日差しが
床に淡く伸びている。
自動ドアの向こうに、理央の姿が見えた瞬間、
胸がきゅっと鳴った。
「……理央!」
名前を呼ぶと彼は一瞬でこちらを見つけ、
少し緊張したように背筋を伸ばす。
今日の理央は、カジュアルな装いだった。
落ち着いた色のニットにジャケット。
頑張りすぎていないのに、
ちゃんと“特別な日”だと分かる格好。
琴音は俺の名前を呼んだ後、
ロビーから外に出て俺に近付いてきた。
白のニットに、深緑のチェック柄スカート。
髪には、昨日千歌ちゃんからもらった小ぶりの
さくらんぼチャームが揺れるカチューシャ。
メイクは、昨日夏奈にもらったであろう
コスメで少しだけ大人っぽく仕上げていた。
そして、左手首には――
晃からもらった、
シンプルな花柄のシルバーのブレスレット
がチラつかせていた。
「……っ」
理央は、息を飲む音を隠せなかった。
いつも可愛いけど、
今日は何十倍も可愛い……。
悔しいけど、ブレスレットもすごく
似合っていた。
「……すごく、可愛い。」
理央のその一言が、少し照れたように、
でも真剣に落ちてくる。
「ほんと?」
「うん。今日、誕生日で」
「特別なんだなってちゃんと分かる。」
俺の視線が、
自然と琴音の左手首に止まる。
――晃のブレスレット。
そう考えると胸の奥が、
ちくりと痛む。
……見えるところに、着けてるんだな。
奪われたわけじゃない。
越えられてもいない。
それでも、“他の誰かの想い”が形として
残っている事実は、
俺の心を静かに揺らした。
それに、琴音へのプレゼントなんだから
琴音の自由だとわかってる。
だけど……やはり良い気にはならない。
俺って本当に……嫉妬深いんだな。
でも……
今日、隣にいるのは自分だし
迎えに来たのも、帰るのも自分。
琴音の特別な日を一緒に過ごせるのだから
贅沢は言わないと心に決めた。
俺は、視線を逸らさず、穏やかに微笑った。
「琴音。」
「とても似合ってるよ全部。」
琴音の頬が、少し赤くなるのを横で歩きながら
こうして俺と琴音は待ちに出た。
街は、土曜日の昼らしい賑わいに包まれていた。
人の波、店先から流れる音楽、
冬の澄んだ空気。
理央と並んで歩きながら、
私は何度も自分の歩幅を意識していた。
自然と、少しだけ近い距離。
肩が触れそうで触れない、
その曖昧さが心地いい。
「寒くない?」
理央がさりげなく聞いてきた。
「大丈夫。」
「あっ、でも……手、冷たいかも。」
そう言うと、理央は迷わずそっと手を伸ばした。
「じゃあ、温める。」
指先が絡む。
指と指の間に、確かな温度が流れ込んできた。
暖かくて心地よい。
だけど……どうしよう……心臓が壊れそう
なくらいドキドキと音が身体中に鳴り響く。
私、誕生日なんだ……今日。
こんな幸せな誕生日初めて。
そう思うたび、
再び胸が少しだけ高鳴る。
最初に入ったのは、
落ち着いた雰囲気のカフェだった。
窓際の席に案内され、2人で向かい合って座る。
「ここ、前から来てみたかったんだ。」
理央が言う。
「私も気になっていた店だよ。」
俺はコーヒーと琴音は紅茶それと
琴音のために用意された誕生日プレート。
名前入りのチョコレートに、小さなろうそく。
そしてプチケーキが3種類。
「……すごい」
「めちゃくちゃ可愛い!」
「食べるのが勿体ないよー。」
琴音が目を丸くしながら言う。
俺は少し照れたように笑った。
「ちゃんと、祝いたくてさ。」
「俺からのサプライズ。」
「さぁ、食べてよ。」
「うん、その前に写真撮る♪」
私は写真を撮って、
笑ってろうそくを吹き消す。
理央もケーキを食べて、
他愛のない話しで盛り上がり
少し落ち着いたその時、
理央は真面目な顔して私を見つめてきた。
「琴音……渡したいものがある。」
そう言って俺はカバンから小さな箱を
取り出し、琴音に渡す。
「琴音、ハッピーバースデー。」
「誕生日プレゼントだよ。」
「開けてみて。」
私は理央からのプレゼントの箱を開けると、
中にはシンプルなペアリングが並んでいた。
華奢で、主張しすぎないデザイン。
きっと女性はこの、ピンクゴールドで
男性は、シルバーだろう。
「わぁー!嬉しい!」
「ペアリング……?」
「うん、これだったらどんな服装でも」
「合うかなと思って。」
「どうかな……?琴音も着けてくれる?」
「俺はずっと着けるつもり。」
「もちろん!」
「私も、ずっと着ける!」
胸の奥がジンと熱くなる。
本当に嬉しい……。
理央とペアリング。
もう、考えただけで顔がにやけてしまう。
「理央、ありがとう!」
「めちゃくちゃ嬉しい!」
「俺が、着けてあげる。」
「貸してみ。」
理央はリングを受け取り、
そっと私の左手の薬指に通した。
サイズは、驚くほどぴったりだった。
「じゃ、私も理央に着ける。」
そう言って私は、理央の左薬指に
同じリングをはめる。
2人の手元に、同じ光が宿る。
「めっちゃ似合ってる。」
「理央も、めっちゃ似合ってるよ。」
視線が絡み、自然と私達は笑みがこぼれた。


