*琴音*
12月2日土曜日
まだ外が完全に明るくなる前、
琴音は静かに目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む
淡い冬の朝の光が、
部屋の輪郭をやさしく浮かび上がらせている。
時計を見るとまだ目覚ましが
鳴るまで少し時間があった。
……今日だ。
胸の奥で、小さく確認する。
誕生日当日。
昨日の夜の余韻が、
まだ身体のどこかに残っていた。
みんなの笑い声。
駅での別れ際の空気。
そして、電車の中で聞いた、理央の声。
”明日、迎えに行く”
思い出すだけで、心臓が少し早く打つ
理央の声を思い出すだけでドキドキが
止まらなくなる。
最近、些細な事でも反応して心臓がドキドキ
してしまう。
私は布団の中で一度だけ
深呼吸をしてから、起き上がった。
クローゼットの前で立ち止まり、
私服を眺める。
服のコーディネートどうしよう。
少しだけ迷った。
張り切りすぎは、ダメだよね……。
結局、選んだのは落ち着いた色合いの服。
白のセーターに深緑色のチェックのスカート。
鏡の前で髪を整えながら、
手首のブレスレットに自然と視線が落ちる。
晃からの誕生日プレゼント……。
これ、お気に入りなんだけど着けて
行って良いのかな……。
指先でそっとブレスレットを触れると、
冷たさと一緒に、昨日の記憶がよみがえった。
昨日楽しかったなぁ。
と言うか……昨日の晃が少し大人っぽく
見えてなんだかいつもと違って見えた。
昔も結構世話焼いてくれてたけど、
いつも棘のある言い方してた……
だけど、ここ最近はなんだか言い方が
優しくて歯痒い……。
今日は、どんな一日になるんだろう。
期待と不安が、同じくらい胸にある。
私は最後の支度に、昨日、夏奈ちゃんが
くれたコスメでメイクをして、
千歌ちゃんからもらった
小ぶりでさくらんぼのチャームが
付いてる上品なヘ黒のカチューシャを
髪に着けた。
理央君……褒めてくれるかな……?
私は支度を済ませ、リビングに行くと
キッチンから朝食の音が聞こえてきた。
「おはよう」
声をかけると、母が振り返る。
「おはよう。」
「琴音誕生日おめでとう。」
「もう、17歳ね。」
「子供の成長って早いわね。」
その一言に、改めて実感が湧く。
「お母さん、ありがとう。」
「まだ17歳になった」
「実感が湧かない(笑)。」
テーブルに並べられた朝食は、
いつもより少しだけ特別に見えた。
「あっそうそう。」
「今日は理央君と出かけるんでしょ?」
母が何気なく聞く。
「うん。迎えに来てくれるって」
「そう、ラブラブね。」
母は穏やかに笑った。
「昨日、連絡あったわよ。」
「丁寧な子ね。」
えっ!?昨日電話してたの!?
全然知らなかったんだけど……
私は一瞬驚いてから、
照れたように視線を落とす。
「……ちゃんと、挨拶してくれて」
「それだけで十分よ。」
母はそう言って、湯気の立つマグカップを置いた。
「琴音が大事にされてるの、」
「伝わってくるもの。」
胸の奥が、きゅっとする。
「うん、私本当に理央と出会えて」
「幸せで、凄く大事にしてもらってるよ。」
「うん、これからも仲良くしなさいね。」
「はーい!」
私は部屋に戻り、コートを羽織る。
スマホを確認すると、まだ連絡は来ていない。
もう少し、かな……
玄関で靴を揃えながら、胸の鼓動を感じる。
ほどなくして、スマホが震えた。
”もうすぐ着くよ。”
画面を見た瞬間、思わず笑みがこぼれる。
「お母さん!」
「行ってきます」
玄関から声をかけると、
「いってらっしゃい。」
「今日、仕事遅くなるから」
「琴音はちゃんと気をつけて帰っくるのよ。」
母の優しい声が返ってきた。
「うん、わかった!」
「お母さんも気をつけてね!」
「誕生日、楽しんでおいで。」
ドアを開けると、冷たい冬の空気が頬に触れる。
それでも、心は不思議と暖かった。
今日は、私の誕生日……
そして――
理央と過ごす、一日。
琴音はゆっくりと一歩を踏み出した。
琴音 side 終わり


