*理央*
席を外していたわけでも、
見逃していたわけでもない。
晃がブレスレットを取り出し、
琴音の手首にそっと触れる、
その一連の動きを、
最初から最後まで……全部、見ていた。
晃が留め具を探る指先。
ほんのわずかに琴音に近づく距離。
息を詰めるような静けさ。
俺は、動けなかった。
阻止する事も、
声をかけることもできたはずなのに、
そうしなかった。
……今、割り込むのは違う。
そう判断した自分がいたことが、
後になって胸に残る。
晃の表情は真剣で、
余計な感情を押し殺しているのが
分かるほどだった。
きっと、本当に親切心でブレスレットを
着けてやったのは見ればわかる。
琴音は、ただ嬉しそうで、
無防備にいつも通りに笑っていた。
その二人の空気が、
決して踏み込んではいけない線の、
ぎりぎり手前で保たれていることも、
俺には分かっていた。
だからこそ――
胸の奥に沈んだのは、怒りではない。
静かな、重たい余韻だった。
自分以外の誰かがあんな風に
あんな距離で、
琴音に触れた事実だけが、
ゆっくりと心に染み込んでいく。
俺は、無意識のうちに視線を逸らし
奥歯を噛みしめた。
”俺は琴音の彼氏だ”
それは確認であり、
祈りのような心の言葉だった。
今日じゃない、ここでもない。
明日、琴音の誕生日当日。
その日は最初から最後まで、
自分が隣に立つ。
想いも……言葉も……
プレゼントも……
全部まとめて、逃げ場のない形で渡す。
俺は感情が表に出ないよう、
ゆっくりと呼吸を整えた。
そして、いつも通りの声色で言う。
「琴音……似合ってるよ。」
それが、今の自分にできる
精一杯の理性だった。
理央 side 終わり


