君の事好きになっても良いですか?


──理央が追いかけた後の夏奈と遥陽──



カフェのドアが閉まってから、
しばらく、私はその場を動けなかった。

理央が走り出て、
晃が先に追いかけて――
その一連の流れが、
まるでスローモーションみたいに
頭の中で繰り返されていた。

「……行ったね。」

遥陽が、ぽつりと呟く。

私は、何も答えられなかった。

テーブルに残ったカップは、
もうすっかり冷めていて、
さっきまでの張りつめた空気だけが
そこに残っていた。

恋人同士の喧嘩を、
こんなに近くで見るのは初めてだった。

でも――
ただの喧嘩じゃなかった。

お互いが好きすぎて、
大事すぎて、
言葉を間違えてしまっただけ。

それが、痛いほど伝わってきた。

「理央のさ……」
「あんな顔、俺初めて見た。」

遥陽の声は、少しだけ低かった。

うん。
私も、同じことを思ってた。


余裕なんて、どこにもないような顔して……
プライドも、強がりもなくて、
ただ必死で追いかけて行った。

……それだけ、
琴音ちゃんが大切なんだ。

でも……

私の頭から離れなかったのは、
もう一人の姿だった。

晃君……。

晃君は迷わず立ち上がって、
何も言わずに追いかけていった背中。

あれは、
“奪う”人の動きじゃなかった。

“支える”って決めてる人の動きだった。

胸の奥が、ちくっとする。

……私、晃君のこと、
ちゃんと見てるつもりで、
全然見えてなかったのかもしれない。

優しいところも、不器用なところも、
全部知ってる気でいたのに。

本当は、
一番苦しい立場にいるのは晃君なのに。


「……恋ってさ。」
思わず、口に出ていた。

遥陽が、こちらを見る。

「好きな人の幸せを優先できたら、」
「それって……強いのか、弱いのか」
「分かんなくなる時あるよね。」

遥陽は少し考えてから、
小さく笑った。

「どっちでもいいんじゃね。」
「本気ってことだろ。」


……本気。

その言葉が、
胸の中で静かに響く。

私は、前田さんと別れたばかりで、
心がまだ整理できていない。


なのに、
今日の晃を見てしまった。

泣いている人を放っておけなくて、
自分の気持ちを押し殺してでも、
隣に立つ人。

……ずるいよ。

そんな姿、好きにならない方が無理じゃん。

夜の風が、
頬を冷やす。

「琴音ちゃん、大丈夫かな……」

私が呟くと、遥陽は即答した。


「大丈夫だろ。」
「ちゃんと、理央追いかけたし。」

その言葉に、少しだけ救われた。

理央も、晃君も……。
不器用だけど、逃げない人たちだ。

だからきっと、
この夜はちゃんと意味を持つ。


遥陽とカフェを出て私は、空を見上げた。

星は少なくてでも、雲の隙間から
月の光が滲んでいた。

……恋って、きれいだけじゃない。
苦しくて、痛くて、
自分の弱さを突きつけられる。

それでも、
向き合おうとする姿は、
やっぱり――

綺麗だと思った。

「帰ろっか。」

私の言葉に、遥陽が頷く。

歩き出しながら、
心の中でそっと願う。

どうか、この夜が、
みんなにとって
“前に進むための夜”でありますように。

そして――
晃君……。

あなたのその優しさが、
いつか、ちゃんと報われますように。

そう、強く思いながら、
私は夜道を歩いた。



第19話 初めての喧嘩

END