理央の言葉が、
カフェの空気を一瞬で凍らせた。
”元カノなんて、正直どうでもいいだろ。”
その一言に、
私の指先が、わずかに震えた。
どうでもいい。
その言葉が、
“彼女の存在”を軽く扱われたように聞こえた。
違う。
頭ではわかってるの……。
理央は、そういうつもりじゃないって。
だけど――
私の心には、もう余裕がなかった。
「……そうだよね。」
小さく、乾いた笑い。
「理央にとっては、どうでもいいよね。」
顔を上げた琴音の瞳は、涙の粒が
被っていた。
「でも、私は違う。」
立ち上がる音が、静かなカフェに響く。
「私が不安になった気持ちも、」
「噂で傷ついた気持ちも、」
「全部……どうでもいいって」
「私には聞こえちゃたった……。」
「違う、琴音――!」
伸ばした俺の手は、琴音の手を素振りし
空を掴んだ。
「ごめん……理央……」
「今日はもう、帰るね。」
琴音は振り返らず、
そのまま出口へ向かう。
カランとドアベルが鳴った瞬間、
俺の胸にはっきりとした後悔が突き刺さった。
――言い方、最悪だった。
でも、もう遅い。
完全に、言い方を間違えた。
どうでもいいって、
そんな意味じゃなかったのに。
“琴音以外、どうでもいい”
ただ、それだけだったのに。
追いかけなきゃ。
そう思ったのに、足が動かなかった。
――もし、今追いかけて、
また傷つける言葉を言ったら。
その迷いが、
一番いけなかった。
拳を強く握りしめる。
俺は……
琴音の不安を、ちゃんと受け止めてなかった。
ドアベルの音が鳴って、
琴音の姿が店から消えた瞬間。
胸の奥が、ぐっと掴まれた。
……行かなきゃ。
そう思ったのに、
椅子から立ち上がることすらできなかった。
言葉が、頭の中で何度も反芻する。
――元カノなんて、どうでもいいだろ。
最悪だ。
なんで、あんな言い方しかできなかった。
違う。
そうじゃない。
“どうでもいい”のは、
過去の恋であって琴音の不安じゃない。
でも――
一番伝えたかったことほど、
一番間違った形で口から出てしまった。
その時だった。
視界の端で、
誰かが立ち上がる気配。
……晃。
なんで……なんで晃がここにいるんだ?
晃は、一瞬も迷わず、
店の外へと駆けていった。
その背中を見た瞬間、
胸の奥が、ずしりと沈んだ。


