*理央*
文化祭が終わって、
学校が日常に戻った神谷崎高校。
俺は、 教室の窓際の席で、
スマホを伏せたままぼんやりしていた。
”……ちゃんと言うべきだったのかな。”
数日前、駅前で元カノに声をかけられた。
同じ学校ではない。
もう、何の関係もない。
それでも「偶然」再会してしまった事実は消えない。
「理央、どうした?」
遥陽の声に、理央は顔を上げる。
「いや、なんでもないよ。」
そう答えながら、
心の奥では別の声が響いていた。
琴音に言ったら、不安にさせる。
言わなかったら、隠してるって思われる。
白鷺高と神谷崎高。
別々の学校に通っているからこそ、
お互いの“見えない時間”が増えていく。
理央は、琴音の笑顔が好きだ。
不安そうな顔なんて、見たくない。
”だから……言わないほうがいい”
そう判断したはずだった。
しかし、その日の放課後。
「田口、この前駅で」
「元カノと一緒だったよな?」
クラスメイトの軽い一言。
その瞬間、理央の背中を冷たいものが走った。
「違う、偶然だよ。」
そう否定したが、
その場に夏奈と遥陽がいたことが、
理央の胸に小さな引っかかりを残す。
……もし、どこかから琴音の耳に入ったら……
その不安が、
現実になるのは、思っていたより早かった。
理央 side 終わり
*琴音*
白鷺高校の昼休み。
窓から差し込む秋の光が、
教室の床に長い影を落としていた。
琴音は机に頬杖をつきながら、
スマホの画面を何度も点けては消していた。
まだ、返事こないな……。
理央から最後に届いたメッセージは、昨夜。
「おやすみ」の一言だけ。
それが、妙に胸に引っかかっていた。
そんな時、
隣の席に千歌が、少し気まずそうな顔で座る。
「……琴音ちゃん。」
その声色だけで、
“楽しい話じゃない”ことが分かった。
「なに?」
千歌は一度、周りを気にしてから、
声を落として話し始めた。
「あのね……言おうか迷ったんだけど、」
「言っといた方が拗れないかなと」
「判断したから話すね。」
「うん……なに?」
「部活の先輩たちが話してるの、」
「偶然聞いちゃったんだけど……」
私の指が、ピタリと止まる。
「神谷崎高の男の子の話で」
「白鷺高じゃない子と付き合ってるのに、
「元カノと駅で会ってたって。」
「それが、理央君らしい。」
「先輩が千歌ちゃんの親友の彼氏さん」
「を偶然見たって言ってて。」
「多分、理央君の事だと思う。」
えっ……。
心臓が、強く鳴った。
……神谷崎高
……別の学校の彼女って私の事だよね?
条件が、あまりにも一致しすぎていた。
それはもう理央君で間違いないと思う……。
「名前は出てなかったんだけど……」
「条件的に、理央君に変わりないと」
「思う……。」
千歌ちゃんは、それ以上言えずに口を閉じた。
琴音は、無理に笑おうとした。
「……偶然でしょ……。」
自分に言い聞かせるみたいに。
「理央が、そんなことするわけ……」
そう言いかけて、
言葉が途中で消えた。
“言ってくれなかった”
その事実が、静かに胸を締めつける。
別の学校だから、
理央の日常は、私には見えない。
見えないからこそ、
噂は、必要以上に大きくなる。
もし、本当だったら……?
想像するだけで、
胸の奥が冷たくなった。
放課後。
私は1人で帰り道を歩いていた。
気分的に1人りになりたくて晃と帰る
予定だったけど、断った。
駅へ向かう途中、
行き交う制服の色が、やけに遠く感じる。
理央は、私に言わなかった……
そんな事一度も……。
責めたい気持ちより、
先に浮かんだのは、寂しさだった。
信用、されてなかったのかな……
スマホを取り出し、
何度も文章を打っては消す。
”元カノと会ったの?”
その一文を送るまでに、
何分もかかった。
送信した瞬間、
心臓が早鐘のように鳴る。
少しして届いた返事。
”うん。偶然会っただけ”
短い文章。
必要最低限の言葉。
それが、
距離のように感じてしまう自分が、
どうしようもなく嫌だった。
別の学校でも……
ちゃんと、恋人でいたいだけなのに。
琴音はスマホを胸に抱きしめ、
小さく息を吐いた。
この不安は、
やがて怒りへ、
そして――
二人の“初めての喧嘩”へと、
静かにつながっていく。
琴音 side 終わり


