蒼いインクがまだてらてらとあたらしい。英語の筆記体と似たような文字だけれど上に点が打ってあるから英語ではない。
フランス語か。しかし、僕はフランス語を解さない。
それは深い蒼い色を伴って小さな波を形成していた。
藍色の海の中に隠された蒼い波。なんらかの意味を秘めて深海にしずめられた。乳白色と光沢を帯びたページのなか、貝のなかで育つ真珠のようにひそやかに。

「どうした」

後ろからしゃがれた声がしてどきり、と、した。
恐る恐る振り返ると後ろの引き戸の前に、長身のクラスメイトが立っていた。
長身なのに細身。まだ身体が出来上がらない証拠だ。
成長を見越してつくったらしい黒い詰襟の手首が隠れていた。
顔も成長し切らずこどもの顔つきで、肌は真白く両目はていねいに化粧をほどこしたキネマ女優のように大きい。存在感あふれるクラスメイトだった。

「ぼ、僕の机に、置いてあったんだ。だから」
「あぁ、じゃあきみのものだ。それは」
「え」

僕は、
目をぱちぱちさせてその級友を見た。
うちのクラスは生徒が多い訳ではないけれど、あまりしゃべった事がない級友のひとりが彼だった。
彼はいつも級友たちの真ん中に級長のように堂々と存在し、僕は隅で大人しく図書室の古い本を読んでいたから。
「僕のものってどう言うこと。これはきみのものじゃないの?」

「きみの机にそれが有ったなら、それはもうきみのものなんだ」