──放課後の生徒会室。


書類を整える手を止め、窓の外に目をやる。

校庭を歩く煌大と翠が、部活帰りの仲間たちに混ざって笑っている姿が見えた。


(……やっぱり、気づけば目で追ってる)


幼い頃から、当たり前に隣にいた。

幼稚園の頃は、転んでも泣かない私を見て、いつも笑っていた。

小学校では、誰かが困っていると真っ先に手を差し伸べていた。

そんな優しさを、ずっと隣で見てきた。


(あの頃から、私はずっと煌大の背中を追ってたんだ)


煌大が走れば一歩後ろをついていって、困っていれば手を差し伸べて、気づけば守られる側になっていた。

だからこそ、今の彼の笑顔を見ていると、
嬉しいのに、胸の奥が少しだけ締めつけられる。

そして中学で、迷わず私を庇ってくれた。

その瞬間から、私にとって「特別」な人になった。

私に寄ってくる男子は多かった。

けれど、私を本気で大切にしてくれる人は、煌大しかいなかった。


──なのに。


今、彼の視線は。

笑顔のまま、自然に翠を探している。

胸の奥に苦しさが広がる。

でも、責める気持ちはない。

翠は、私にとって大切な後輩だから。

放課後に体育館で一緒に片付けをしていたとき、ふと見上げた翠の笑顔が、眩しいほど真っ直ぐだった。

その純粋さを前にすると、自分の中の複雑な想いがどこか小さく見えてしまう。


(あの子は、まだ誰も疑わない目をしている)


それが悔しくて、愛おしくて、どうしようもなく羨ましかった。


(……負けたくない。それでも、あの子を嫌いになることは、できない)





──翌日の昼休み、中庭。


ベンチで並んでお弁当を食べるのは、もう何度目だろう。

他愛のない話から、ふと切り出す。


「最近、ちょっと元気ないね」

「えっ……そう、ですか?」


翠は慌てて笑顔を作った。けれど、その笑顔はどこかぎこちない。


「……煌大のこと、気にしてる?」


冗談めかして問いかけても、翠は目を伏せて小さく笑う。

その笑顔が、ほんの少し震えていたのを、私は見逃さなかった。

何も言わないのは、優しさか、それとも迷いか。


(たぶん、どちらもなんだろう)


翠の中で揺れている感情が、かつて自分が通った道と重なって見える。

人を想うことの苦しさも、喜びも、もう知っているから――

だからこそ、彼女の強さを信じたいと思った。


「そんなことないですよ」


その言葉に、胸が少し痛んだ。

だって――その笑顔が答えになっていることに、私はもう気づいてしまっていたから。





──帰り道。


一人になって歩きながら、鞄の紐を強く握る。


(幼なじみとしての私。後輩としての翠)


どちらも煌大にとって大切な存在だ。

でも、彼の心を動かしているのは――翠。

それでも私は、諦めきれない。

簡単に背を向けられるほど、軽い想いじゃない。


「……私だって、まだ負けない」


でも、それは誰かと争うためじゃない。

自分の想いを、まっすぐ信じたいだけ。

たとえ彼の隣に誰がいても、私は私のままで、胸を張っていられるように。

夕暮れの光が伸びる道を、静かに歩き出す。

心の奥でまだ痛むけれど、その痛みさえも、私の“好き”の証だから。


(――ありがとう、煌大)


小さくつぶやいて、前を向いた。

もう振り返らない。

そう決めた自分の歩幅が、ほんの少しだけ軽く感じた。


――