──朝の通学路。


少し前を歩く美月先輩と結城先輩。

友達と笑い合いながら並ぶ二人の姿を目にしただけで、胸の奥がじんと痛んだ。


(……やっぱり、特別な人同士なんだな)


数日前の中庭で、美月先輩の気持ちが痛いほど伝わった。

だから私は――引かなきゃいけない。


通学路の先、朝日が街路樹の葉を透かしていた。

風が吹くたびに、光の粒がちらちらと揺れる。

その中で並んで歩く二人の後ろ姿は、まるでひとつの絵のように見えた。


(きっとお似合いだ……そう思わなきゃ)


そう心の中でつぶやくたびに、胸の奥で小さく何かが軋む。

けれど、泣くほどの痛みではない。

どこか穏やかで、受け入れるしかないものとして静かに沈んでいく。

それが、少しだけ大人になった証のようにも思えた。





──部活の時間。


部活中も、笑顔は崩さない。

いつも通り声を出して、メモを取って、ボトルを並べる。

ただ一つ違うのは――結城先輩と目が合っても、すぐに逸らすようになったこと。


「長谷川、ありがとう」

「はい」


たったそれだけの会話なのに、心臓が強く打つ。

でもその鼓動を、誰にも気づかせたくなかった。

体育館の窓から差し込む光が、コートに淡く反射する。

その眩しさに目を細めながら、翠は自分の中でひとつの線を引いた。


(この想いは、私の中だけで大切にすればいい)


誰かを想うことは、間違いじゃない。

けれど、想い方を間違えたくなかった。

自分の気持ちをぶつけることより、
誰かを傷つけないことを選びたかった。

その決意を胸に、翠はいつもより少し早く動きを終わらせた。

体育館の隅で、仲間たちの笑い声を聞きながら、そっと息を吐く。


(この距離があるからこそ、ちゃんと好きでいられる気がする)


胸の奥が静かに痛む。

けれど、不思議と涙は出なかった。

それは、痛みを受け止める強さに変わりつつある証だった。


(……これでいい。私なんかが、前に出ちゃ駄目だ)





──サイドライン。


その様子を見ていた莉子が、小さく首をかしげる。


「なんか、翠……変じゃない?」


隣の大和は黙ったまま、けれど視線は真剣に翠を追っていた。

美月もまた、静かに瞳を細める。

それぞれが気づいていた。

“翠が、煌大を避けている”ことに。





──片付けの時間。


結城先輩が近づいてきた。


「長谷川、これ――」


声をかけられただけで、胸が揺れる。

けれど私は、笑顔で「ありがとうございます」と受け取って、すぐに後ろを向いた。

振り返った瞬間、結城先輩の瞳が一瞬だけ揺れるのを見てしまった。


(……ごめんなさい。結城先輩)


胸の奥を押し殺すように、小さく息をつく。

こうして少し距離を置くことが、いまの私にできる唯一の選択だった。