気づくと周りは、スーツに身を包んだ人々がどたばたしていて、私も女性用のスーツを着ていた。

「……あれ?」

 なぜ。そう思うが、その思考を阻害するように周囲は慌しく、考えようにも人が話しかけてきた。

「高木さん! これ、取引先の!」

 ……取引先?

 置かれた書類には細かい文章が並んでいて、見ているだけで嫌になりそう。

 書類の先にはノートパソコン。隣には分厚いファイルがずらりと並んでいる。

 周りの人を見れば、バタバタ移動する者や、血走った目でパソコンに向かう者。

 少し離れたプリンターが変な音を出し始め、近くの男性が「あれ!? 壊れた!?」と言う始末。

 これは職場だよね? 私の記憶にも就職した思い出があるし。

(えー、嫌だな。とりあえず自分の仕事しなくちゃ)

 残業で疲れ果てたのに、「飲み会行こうぜ!」と言うハゲの上司をぶん殴りたくなるが、私は業務中に大事なことを思い出した。

「どうだい? 高木くんも行かないかい?」

 ……うん、殴りたい。

 でも勘弁してやる。私のこれからの用事の方が大事だ。

 会社を出て、いつもの帰り道とは違う道を小走りで進む。

 やばい、待ち合わせに遅れる。

 噴水広場に着くと、あの時の彼がいた。

 コートを着て、片手をポケットに突っ込み、スマホをいじる彼はどこか様になっていた。

 そっと近付き、ニヤニヤしながら彼の肩をトントン叩いた。

「先輩! お久し〜です!」

「おっ……! ひいちゃん久しぶり! で、何その挨拶?」

「へへへ、私流の挨拶ですよ」

「まったくもー」

 ひとしきり二人で笑って、街に繰り出す。 買い物をして、少し高めのアクセサリーを買ってもらったり、二人で本屋に立ち寄ったり。

 好きな本の議論になり、疲れてオシャレなレストランに入る。

 お腹いっぱいになり、最後に飲んだ赤ワインで頭の中も曖昧な心地良さでいっぱいに。

「先輩、そろそろ結婚しましょうよ」

 すっかり酔った私は、心にしまっていたことを簡単に言葉にしてしまう。

 しっかりした場面で言おうと思っていたのに、もったいない。

 まったく自分というやつは。

「うーん、でもひいちゃんの仕事が落ち着いたらにしようね?」

「うわーん! 先輩がいじめるー!」

「こらこら」

 がくとさんの腕にしがみつく私に、嫌そうな素振りを見せない苦笑いの彼。

 あー、居心地がいい。

 これがずっと続けばいいのに。

「……ぬっ! あそこにラブホが! 隊長、初めてを今日やっちゃいますか!」

「な、何その軍隊みたいな」

 まあ、いいよ。

 赤い頬をさらに紅くして、私の言うがままに付き合うがくとさん。

 大学の時はヤリチンに連れて行かれそうになったラブホだけど、ようやく本来の使い方が分かった気がする。



 がくとさん、好き。