「はうっ!?」

 いきなりどすんと落ちた感覚があった。

 浮遊感が残りながらも、独特な匂いが鼻をつく。

「ぅく……???」

 古びた木の匂いがした。

(なんか古い木の匂い……)

 気づくと私は、鉄パイプで支えられた木製の椅子に座っていた。

 次第に頬に生暖かな風を感じる。

「あったかい? 春……?」

 あれ、春って何だろう。

 自分の中に知らない『季節』という感覚がある。

(ここは……?)

 陽気で、日向ぼっこしたくなるような気温。

 でも、周りのみんなは私と同じように椅子に座っていて。今、私の頭にある知識で言うノートに教科書、シャーペン、消しゴムを揃えて、カリカリ書いている者もいれば、ぼんやり前を見ている者もいる。

「えー、それでこの数式はこうなるわけだ。高橋、ここ答えてみろ」

「はい」

 目の前の席の人、ぴしっとした服を着た男の人は、すらすらと答える。

 周りの人も、そのぴしっとした服、制服と呼ばれるものに身を包んでいて、私も制服を着ていた。

(頭の禿げてるおじさん……、確か山田先生)

 目の前には、デブでハゲのおじさんが、スーツを着て立っている。

 その人は、確か数学の先生。

「あれ? 数学? ……先生?」

 私が呟くも、周りは胡乱な視線を寄越す者が少数。

 みんなの中にいるのに、独りぼっちのようだった。

 孤独感に苛まれる私に構わず、先生はチョークを黒板に押し付けていく。カツカツと音が響く。

(読める……?)

 黒板に書かれている、今まで何気なく見てた絵だと思っていたものが、文字として認識できた。

 そういえば、思い出そうとすると、それらの文字を必死に練習した気がする。文章の意味や仕組みを理解して。

 他にも、この学校という場所で様々な『勉強』をしたことを思い出した。

 友達や人間関係でいじめなどの複雑なものがあるのも知ったな。

 そして、中学生に進級して、勉強は難しくなり、人間関係に上下関係があることも知った。

 そうだ、私は今、高校生の『高木柊』。

 決して、ひいちゃんと呼ばれた時代の『高木柊』ではない。

 早めの反抗期を迎え、様々な挫折を経験し、両親とケンカして泣かせてしまった、そんな経験で形成された『高木柊』。

「うわっ、また……!」

 全てを理解した瞬間、また感覚が消え、浮遊感に包まれた。

 泡の残り香のように、次が待っている気がした。