わたしは知っている、君の最期を。

 びくりっ。体が跳ねた。

 幼い頃の夢を見て、私はいつの間にか飛び起きていた

「はぁっ、はぁっ」

 嫌な夢だ。また、始まりの日を思い出してしまった。
 私が一通りの未来を見られるようになった、このくだらない能力の初めての日を。

 私は胸が苦しくなっていたのに今さら気づき、息を深く吐きながら、いつの間にか抑えていた胸から手を離す。

 緊張が解けてきたからか。どっと身体に重みがましたようで、またため息をついてしまいそう。

「二度寝しようかな」

 ぼそり誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように、ベッドに横になろうとした。

 すると、
「ひいちゃーん、朝だよー」

 母が階下で声を高くして、家中に響き渡らせる。

(あれ、今何時だっけ)

 母は寝坊した時しか、声をかけない。その理由を考えて、目覚まし時計手に取る。

「あー……」
 いつもより二十分オーバー。確実に遅刻だ。

「ひいらぎー? 寝てるのー?」
 母が胡乱げな声を出しながら、ぎしぎしと部屋に繋がる階段を軋ませた。

「ごめーん、今起きたー」

「早くしなさいよー」

 いつもの私なら、いや、昔の私ならここで間延びした返事を返していただろう。
 でも、今はそれすら面倒に感じる。

 私は、本当に初めてを失ってしまったのだろうか。ベッドを微かに軋ませて立ち上がった私は、高校生としては慣れないはずの朝を、淡々と仏頂面になりながら、支度した。



「じゃあこれでホームルームは終わりっと。あんまり道草食わないで帰れよー」
 聞き覚えのある台詞を言う、おちゃらけた先生の言葉にクラスメイトは、うぇーいと返事でもない回答をして、ぞろぞろと立ち上がる。

(なにがうぇーいだよ、バカ男子。だるいのは私の方だ、まったく)

 私が心で毒づいてるとも知らず、ふざけた男子生徒は変な独り漫才をしてわちゃわちゃしている。それを見て、げらげら笑う男子も、控えめにくすくす笑ってる女子生徒も、何もかもが気持ち悪かった。

 何度も、何度も見せられた光景だ。飽きるのを通り越して吐き気すら催す。

 ホントにいやだ。

 体が成長して胸が膨らんでも、心はなにも変わらない。

 私の心に残るのは、ただの嫌悪感だ。生理的に、嗚咽を引き起こすような、得体のしれない気色悪さ。

「高木さん、一緒のクラスになったからさ、たまにはみんなで帰らない?」

 そう話しかけてくる、薄笑いを浮かべた細身の女子生徒。妙に色白い手で私に手を伸ばしてきて、触ろうとするから、遠慮がちなのがよく分かるように、両手でその手を抑えた。

 そっと彼女の手をおろさせる私に、女子生徒は無駄に湿った表情で「いいの?」なんて言ってくる。

「よーよー、高木さんも俺たちと帰ろうぜー? たまにはいいんじゃねーか」

 私に触れようとした女子生徒とグループになった、茶髪の男子生徒。

 校則が緩いからって、チャラい格好してるようなやつとも、私は関わりたくない。

「そうよそうよー、うちらと帰ろー?」

 清楚系な生意気そうな女子生徒がそんな事をいう。

 お前みたいなのも嫌いだ。会社で散々な目にあった。

「あの、僕も一緒に帰るの、賛成です。高木さんの事、ちょっと気になってたし」

 お前もだ。臆病そうにちらちらこっち見てくる、何もかも目立たない普通の男子。

 それに気持ち悪いんだよ。

 私のそれなりの胸と清楚美人の女子の巨乳を交互に見比べて。

 もう、いいから。構わないで。

 私はもう、お前らの行動に見飽きたし、何度も話しかけられたくないし、何回も誘いを断りたくない。

 面倒なんだよ。

「……いいから」

「え?」

「んー? 高木さん気分わりーの?」

「いいっていってるのッ!」

 私が叫んだのに、自分の鼓膜がキン、と響いたことに驚いてしまった。

 ざわざわと周りは談笑していたのに、あっさりと静まって、気味が悪い。こんな簡単に静かになるんだ、と変な好奇心とともに、居心地が急にわるくなって。

 それで、カバンを雑に掴みだし、床を蹴って走り出した。

 教室の離れた所では、「どうしたの、あの子」と異分子を見るような目でひそひそ喋る女子や、「なんだあれ」と好奇な物を見つけたような声で話す男子生徒。

 私にとって、この世界は普通じゃないのに、みんなからは私が普通じゃないのだろう。

 静まり帰った教室を抜け出して、まだ人の声があちこちに残ってる渡り廊下を抜け出していく。

 私は、おかしい。世界は、おかしい。
 みんなが、羨ましい。

 私は、普通の人になり……

「セーンパイ」
 ふと、暖かいそよ風が流れた。

 それは、私が昇降口前まで来たから、風が吹いてきたわけではない。

 風が吹き出るわけではないのに、誰かがそっと風を起こした。

「センパイ、どうしたんすか? すごーく怖い顔してますよ」

 にへらと笑っている背の低い男の子。
 昨日会った、うざい子だ。

 彼から暖かい風が吹いている気がする。

「春野、くん」

 私が、ぜーはーと息を吐いて彼にぼそりつぶやいたときだった。

「うわっ、センパイに春野くんだなんて気持ちわりっ。やめてくださいよー、俺の名前は下の名前でいいって言ったじゃないですか」

 ごくり。
 あまりに全速力だったのか、喉が呼吸で乾いていた。

 喉がかさつき、擦れていたい。唾液で喉を潤わさなければ。

「ふー、ふー、んげほっ、げほ」

「ほらほらー、そんな息荒げてるから咳き込んでるじゃないですか。俺の水筒飲みます? オレンジジュースだけど」

 オレンジ、ジュース?

 唾液を飲み込み間違えて、咳き込む私の頭の中は、一瞬でオレンジジュースになる。

「オレンジ、ジュース」

「ちょっと待ってくださいね……、蓋を回してキュルキュル、きゅぽん」

 彼が、無駄に擬音をつけながら取り出す水筒を、私が不思議と見惚れて眺めていた。

「はい」

「あ、ありがと」

 ごくりっ。

 あ、オレンジジュースだ。

「ホントにオレンジジュース入れてるし」

「えへへー、俺柑橘系が好きだから、つい」

「………………」

 なにが、柑橘系が好きだから、だ。
 私に散々付きまとって、これとか。変なやつ。

 むかつくから全部飲も。

「ごくっ、ごくっ」

 口の中に広がる人工的なオレンジの香り。
 甘味料マシマシのこのオレンジジュースは、無駄に甘ったるくて、どこか彼のよう。

「あー! 飲み干す勢いで飲まないでー!!」

 私も変なやつだけど、彼も大概、変なやつだった。