「ひいらぎセンパイ! 帰りましょー!」

 学校の授業が終わり、帰りの支度をしている時だった。

 放課後になり、周りの同級生が談笑し始める中、私はカバンに教科書やノートを詰めていたが、チャイムが鳴って少ししか経っていないのに、彼は私の教室に突撃してきた。

「何? あの子、可愛いよね?」
「結構イケメンじゃね? 一年生かな?」
「なんだあいつ」

 クラスメイトがざわつき始め、この状況はヤバいと焦りと恥ずかしさに駆られ、そそくさと席を立つ。

「ちょっと、なんでここまで来てるの!」

 ズンズン彼に圧をかけながら早歩きで近づく。

「何って、センパイ、オレと付き合ってるじゃん。だから迎えに」

「私、あなたと付き合ってないんだけど!? それよりさっさと行くよ! ここじゃ目立つ!」

「え!? オレたち付き合ってないの!? ってうわ!」

 私は彼を引っ張り、逃げるようにその場を立ち去った。

「ちょ、センパイいつまで引っ張るんですか!?」

 校舎を出た後も引っ張っていて、彼に言われるまで手を離さなかった。

「ここくらいまでくればいいかな」

 周りを見渡して手を離し、振り返る。

 すると、まだ因果くんは手をこちらに寄せたまま。

 私が離しても宙に浮かせたまま。

 そして、俯きがちに頬を染めてきょとんとしている。

「……? どうしたの、ケイくん」

「い、……いえ。意外とまだ手を掴まれていたかったなって」

「??? 何言ってるの? そっちが離せって言ったんじゃないの?」

「そうだけど、意外と悪くないなって。へへへ」

 いつものおちゃらけた彼らしくない反応だった。

 因果くんは女慣れしてそうだけど、今はどこかウブな男の子に見えて。

 でも。

「センパイ、嫌だったら離してくださいね」

「えっ?」

 がしっ。

 そっとだけどいきなり彼は私の手を掴んだ。

 そしてそのまま、彼が私を引っ張り駆け出した。

「ちょちょちょ、待ってよ!」

「センパイ! ほら、走って走って」

 はははと笑う彼の横顔は幸せそうで、つられて私も微笑む。

 最初告白された時は戸惑ったけど、彼といるのも悪くないかも。

 少しは付き合ってあげてもいいかな、と頭の片隅でぼんやり考えていた。

「いやー、いい風ですね」

「……うん」

 私たちは、学校近くの河川敷の土手に座っていた。

 草むらが広がる土手はふわふわしていて座りやすく、草の青臭い匂いが落ち着く。

 ふんわり風が頬をなで、照りが強まる太陽に当たって、夏の始まりかなと感慨に耽る。

 そういえば、人生を諦めてからは季節の変わり目や気温を意識しなかったかも。

「暖かいね」

「そうですね、ちょっと暑いくらい」

 ぼんやり風に当たる私は陽気な気分になり、そのまま草むらに寝込んで昼寝してもいいくらい。

 だからかな。

 気づけば私は彼の手をそっと握っていた。

「私、君と友達からなら始めてもいいよ」

「……え!? まじですか!? やった! こちらこそぜひ!」

 彼はちゃっかり手を強く握り、もう片方の手でガッツポーズ。

 ふふふと彼の歓喜した横顔を見て笑うと、「あ、センパイ笑った! 笑いやがった! こんやろー!」

 そう言い、手を握った手をブンブン振り回し、つられる私の手は少し痛い。

「分かった分かった、分かったから手を振り回さないで」

「むむー! センパイひどいな! ひどいにゃー! にゃにゃにゃー!」

 ふざける彼を見て、意外と可愛いなと思ったり。

 彼が教室に来た時、同級生の女子が可愛いと言ってたけど、やっぱり可愛らしいよね。

 女装が似合うかもと思ったのは間違いなかった。今度誘って女性用の服を着させてみようかな。

 私の中の悪魔がぐへへと笑うのを、天使が撃退している中、私は話しかけた。

「ねえケイくん、ケイくんは私のこと好きなの?」

「好きの好き、大好きですけど、センパイはオレのこと好きですか?」

「……まだ、分からない」

 分からないと言ったけど。

 私は、この時間がずっと続けばいいと思った。

 それは叶わないのは知ってるけど、でもせめて。

 私は彼が好きなのか、なぜ一緒にいたいと思ったのか知りたくて。

 そっと、恋人のように因果くんの肩に頭を乗せた。


 まるで当たり前のように。