わたしは知っている、君の最期を。

「いやはや、申し訳ないです。センパイ」

 救急車で運ばれた彼は緊急入院になった。検査も合わせて経過観察で、安静になった今、面会ができている。

「心配したんだよ! そんな軽いノリにしないで!」

 頭の裏をわしわし掻いていたケイくんは手を止め、ベッドから起き上がった膝元に置いた。

「……」

 なぜ、そんな顔してるの? なぜそんな、

「安心した顔、しないでよ……」

 悲痛な、消え入るような声で呟き、自然に涙が出る。

 頬を伝う熱いそれ。次第に涼しくなる。そう感じたら、彼は口を開けた。

「ありがとう、センパイ」

 何……それ。何……それ。

 彼は嬉しそうに優しく笑っていて。

 そんな顔がむかついて。

 つい、言おうと思っていなかったのに口走った。

「ケイくん……!? 死なないよね!? ……死なないよね!?」

 でも思ってた言葉ではなく、勝手に求めてる言葉ではなく。

 彼の口からは、
「そう、オレは死にます」

 それからは彼を問い詰めた。

 冗談だよね、じゃあなぜ死ぬの、って。

 彼ははぐらかすばかりでただへらへらしてて。

 ふざけんな。お前は死ぬんだぞ。

 ひたすら腹が立って。

 彼の肩を掴んで、少し乱暴にしても「センパイ、どうしたんすか? 変ですよ?」と相手にもしてくれなくて。

 気づけば面会時間が終わり、帰るしかなかった。

 悔しい。悔しい悔しい。

 まだ時間はあるはず。焦るな。あの子を助けるんだ。

 焦らないようにしても、焦燥感に駆られ、彼の寿命が残り少ないことで頭がいっぱい。

 大丈夫だ、私のこの能力がある。
 等価交換のようなルールなら、きっと相手を不幸にすることで、私に幸運が何かしらの形で宿るはず。

 その幸運が、彼の死因に繋がれば、状況はひっくり返すはず。


 
 次の日、部活も補習もないのに学校に登校した。

「きゃー!」
「あんた、なによ!」

 私は練習中の吹奏楽部を襲い、ただひたすらに物を壊した。
 譜面台をなぎ倒し、光り輝く金管楽器を奪い取る。

「やめて!」

 女の子の悲鳴が聞こえる。

 やめて、やめて。

 私だってやめたい。
 でも、ここでやめたら、ケイくんが死ぬ。

「う、うあああああ!」

 私は目を瞑り、重たい楽器を振り回した。
 ガシャン、と鈍い音と共に、誰かの「痛い!」という短い悲鳴。

 目を開けると、女の子が額から血を流してうずくまっていた。

「あ……」

 違う、傷つけたいわけじゃない。不幸を呼びたいだけなのに。
 血を見て、罪悪感で胃液がせり上がる。視界が涙で歪んで、女の子の顔がよく見えない。

「…………ごめんなさい、ごめんなさいっ」

 口から漏れたのは謝罪だった。ヒック、とシャックリのような情けない音が喉から漏れる。
 でも、止まれない。止まっちゃいけない。私は悪魔にならなきゃいけないんだ。

 まだだ。まだ不幸が足りない。
 記憶が流れてこない。あの独特な頭痛もない。
 能力の予兆すら感じない。

 これだけひどいことをしたのに、まだ足りないの?

 場所なんてどうでもいい。私はふらつく足で美術室へ走った。

 ガシャン。ゴシャ。
 誰かが丹精込めて作った彫刻を、床に叩きつける。
 指先が震えて、うまく力が入らない。

「や、やめろ! 作品を壊すな!」

「ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ!」

 私は泣きじゃくりながら、次々と作品を壊していく。
 自分の心がガラリと壊れていく音がした。
 頬に伝う水滴が廊下に垂れて、私が作った悲劇への花道になる。

 神様、見ていますか。私はこんなに罪を犯しました。
 こんなに最低なことをしました。
 だからお願い、罰は私に与えて。彼を連れて行かないで。

 まだ足りないなら、私は禁忌さえ犯してみせますから。

「や、やめて、だ、だれか。たすけて」

 目の前に、怯えて座り込む生徒がいた。
 私が見放されるにはこれしかない。

 カチ、リ。

 側の机に置かれたカッターを掴み、震える指で銀色の刃を出す。
 その金属音だけで、心臓が破裂しそうだった。

(逃げて……! 早く逃げて……!)

 心の中で叫びながら、私はその人に刃先を向けた。
 殺意なんてない。ただ、決定的な一線を超えなきゃいけないという強迫観念だけが、私の腕を動かす。

 この人間でも殺せばいい、素振りを見せて事実を作るだけでもいい。

 さすがに能力は発動する。
 
 お願い、早く能力を発動して。じゃないと、私、本当に人を――。

「やめなさい!」

 すんでのところで、教師の叫び声が耳に入った。
 ビクッと肩が跳ねて、極限まで張り詰めていた糸が切れる。

 カラン。

 手に持ったカッターが、あっけなく床に落ちた。
 ホッとした自分がいた。最低な自分に、安堵してしまった。

「何してるんだ、人を殺す気か!」

 先生が私を取り押さえる。床の冷たさが頬に触れる。
 そうじゃない。そうだけど、違う。私は、ただあの子を助けたくて。

「とりあえずこの事は、保護者に連絡するからな! 職員室に来なさい」

 無抵抗になった私を、強引に職員室に連れて行った教師は、しばらく私を叱って、母を学校に呼んだ。

「柊さんの今回の問題はうちで処理します。今日の事は精神状態もありますので、しばらく停学というのは……」

「すみません、うちの娘が……」

 何も変わらなかった。

 ただ、大好きな母を困らせただけだった。

 残ったのは両親の失望と学校の停学処分。

 私は、このぽっかりと胸に空いた穴を埋める方法が分からず、気付けばいつの間にか嗚咽を漏らし、頬を濡らしていた。



 彼の運命を変えられなかった。