「奴はもう……」

 思わず彼はそう呟く。
 今まで自分の弟のことは一切口にしなかったほどなのに。

 彼は高魔族こそが尊いものだと信じていた。低魔族や、まして人間など、魔力を持たぬものは全て下だった。

 魔力が低かったとはいえ実の弟が人間になりたいと出て行ったなど、彼からすれば恥ずべきこと。
 しかしもうその弟は、二度とこの世界には帰らない……

「兵士様も、弟の王子様がいなくなって悲しいですか?? 」

 娘の言葉に、自分がいま城の兵士としてここに居るのなら『王子が居なくて困るのは当然だろう』と返すのが妥当なところ。

「そうだな……」

 しかし彼にはなぜかそう言えなかった。


「ただいまあ、ログ、ガミー! 」

「「おね〜ちゃぁん!! 」」

 幼い子供らが、帰ってきた彼女を見つけ走り寄ってくる。

「あ、ほら〜。泣かないでいい子に〜って、お姉ちゃん言ったでしょ〜?? 」

 家に入るなり泣きついてきた小角族の二匹の子供らを、彼女は優しく頭を撫でてなだめた。
 そして、

「ゼラ!! 」

と、小さな家の奥から成人した小角族の女性が出てきて娘を呼ぶ。

「母さん!! 」

「お前が連れて行かれて、ログもガミーも泣き止まなかったのよ。良かった、お前が無事で……。お前が森へ行ったとも聞いたから……」

 優しい声で心配そうに言い娘を抱きしめる母親。