「悟、ただいま~」
母一人子一人のボロアパートに、老いた母の声が響く。
「スーパーのくじ引きで当たった7泊8日の中東旅行だけどね、良かったわよ~。
悟、私が8日もいなかったのに大丈夫だったのね。安心したわ」
「帰ってこなくて良かったのに…」
ぼそっと呟く。
せっかく母親がいなくなって一人の城になったのに、台無しだ。
「またそんなこと言って~、私がいなくてご飯はどうする気なの?」
言うと、母は悟の部屋のドアを無造作に開く。
「ババァ、勝手に開けんな!」
この母はプライバシーというものに昔から無頓着だ。
そんな所も昔から嫌いだった。
「あら、ごめんなさい…でも悟。あなたに買ってきたお土産があるのよ」
母は持っていた紙袋から何かを取り出す。
「綺麗でしょ~?高かったのよ。でも一目惚れして買っちゃったの。あなたにあげる」
悟は手渡されたものを受け取る。
渡されたプレゼントは、ランプだった。
赤いランプで、細かい金の装飾が施されている。
母の言う通り、確かに綺麗なランプだった。
「いらねぇよ、こんなもん!いいからさっさと飯作れよ!」
「!?」
悟はランプを投げ捨てる。
母のショックを受けた顔が目に焼き付いた。
「ごめんなさいね、悟ちゃん…」
謝ると、母はリビングに帰っていった。
中年男の自分に未だにちゃん付けする所も、いちいちイラつく。
悟はピシャリとドアを閉めた。
「引田悟さん、52歳・・苛立っておいでですねぇ」
「なっ!?な、な、な、何だお前は!!?」
悟は驚愕して、部屋の隅まで後退した。
見ると、投げ捨てたランプから、黒い煙がもうもうと立ち上り、
それが2メートルはあらん屈強な巨人の姿を象っている。
母を呼ぼうとしたが、恐怖のあまり声が出ない。
「そんなにも驚かれるとは・・あなた様がわたくしを召喚なさったのでしょう・・?」
「お、俺が・・?」
これが、いわゆるランプの精というやつなのだろうか。
アラジンの魔法のランプの話は、悟でも知っていたが、いざ自分がこんな非現実的なモノを目にすると頭がついていかない。
それに、昔アニメで見た魔法の精とは違い、目の前の魔人からは邪悪を具現したような禍々しさが漂っている。
「妄想か・・?」
「ふふ、妄想ではありませんよぉ」
魔人が恭しく答える。
悟は、母を呼んでも、気が狂ったと思われるだけだろうと思い直した。
「な、何の用だ・・?願いでも叶えてくれるというのか?」
「その通りですぅ、悟さん。察しがよろしいですねぇ。わたくしはランプから呼び出したお方に仕え、その方の願いを一つ叶えるのが役目・・」
「一つ、か・・」
「よくお考えください・・高校を中退なさってから30年以上引きこもりの悟さんの人生でも変えて差し上げられるやも・・おっと、失礼・・」
この魔人は、言葉遣いこそ馬鹿丁寧なくせに、どこか自分を嘲弄しているように感じる。
「なら・・俺を強者男性にしてくれ!心身共に強い強者男性にな!」
あまり迷うことなく、悟は願いを言う。
「あら、その願いで本当に良いんですかぁ?」
「ああ!俺は弱い自分がずっと嫌だった!この心までも強い男に変えてくれ!」
「それでいいのなら・・承知いたしましたぁ~。では、どうぞ・・」
ドロンという煙と共に、魔人は姿を消した。
明らかに、見る景色が変わった。
背が高くなったからだと悟は気づく。
部屋にかけてある鏡に目を向けると、昔の自分の面影すら無いイケオジが映っていた。
「悟、誰かいるのー?さっきから話し声が・・」
「何でもねぇよ、ババァ!」
反射的に母を拒絶して、不思議と胸の痛みを覚えた。
「母さん・・」
俺は今まで、どれだけ母親に辛く当たっていたことだろう。
もう80代になり、死が間近の母を思うと、これまで感じたことのなかった申し訳なさが津波のように襲いかかってきた。
「今更・・何が出来るというんだ」
ずっと強者男性に憧れてきた。
だが、自分はもう、52歳。
青春も、青年も、何もかもとっくに終わっている。
今更、強者男性になれたところで・・・
「死のう・・」
ずっと死にたかった。
だが、勇気の無さゆえに死ねなかった。
今なら、死ねる気がする。
強くなった、強者男性の心で・・・
「結局、こうなってしまいましたか・・予想通りではありましたがねぇ」
主のいなくなった部屋に再び現れた魔人は、にやりと微かに微笑む。
「ですが・・これがご主人様の真の望みだったのかもしれませんねぇ」
母一人子一人のボロアパートに、老いた母の声が響く。
「スーパーのくじ引きで当たった7泊8日の中東旅行だけどね、良かったわよ~。
悟、私が8日もいなかったのに大丈夫だったのね。安心したわ」
「帰ってこなくて良かったのに…」
ぼそっと呟く。
せっかく母親がいなくなって一人の城になったのに、台無しだ。
「またそんなこと言って~、私がいなくてご飯はどうする気なの?」
言うと、母は悟の部屋のドアを無造作に開く。
「ババァ、勝手に開けんな!」
この母はプライバシーというものに昔から無頓着だ。
そんな所も昔から嫌いだった。
「あら、ごめんなさい…でも悟。あなたに買ってきたお土産があるのよ」
母は持っていた紙袋から何かを取り出す。
「綺麗でしょ~?高かったのよ。でも一目惚れして買っちゃったの。あなたにあげる」
悟は手渡されたものを受け取る。
渡されたプレゼントは、ランプだった。
赤いランプで、細かい金の装飾が施されている。
母の言う通り、確かに綺麗なランプだった。
「いらねぇよ、こんなもん!いいからさっさと飯作れよ!」
「!?」
悟はランプを投げ捨てる。
母のショックを受けた顔が目に焼き付いた。
「ごめんなさいね、悟ちゃん…」
謝ると、母はリビングに帰っていった。
中年男の自分に未だにちゃん付けする所も、いちいちイラつく。
悟はピシャリとドアを閉めた。
「引田悟さん、52歳・・苛立っておいでですねぇ」
「なっ!?な、な、な、何だお前は!!?」
悟は驚愕して、部屋の隅まで後退した。
見ると、投げ捨てたランプから、黒い煙がもうもうと立ち上り、
それが2メートルはあらん屈強な巨人の姿を象っている。
母を呼ぼうとしたが、恐怖のあまり声が出ない。
「そんなにも驚かれるとは・・あなた様がわたくしを召喚なさったのでしょう・・?」
「お、俺が・・?」
これが、いわゆるランプの精というやつなのだろうか。
アラジンの魔法のランプの話は、悟でも知っていたが、いざ自分がこんな非現実的なモノを目にすると頭がついていかない。
それに、昔アニメで見た魔法の精とは違い、目の前の魔人からは邪悪を具現したような禍々しさが漂っている。
「妄想か・・?」
「ふふ、妄想ではありませんよぉ」
魔人が恭しく答える。
悟は、母を呼んでも、気が狂ったと思われるだけだろうと思い直した。
「な、何の用だ・・?願いでも叶えてくれるというのか?」
「その通りですぅ、悟さん。察しがよろしいですねぇ。わたくしはランプから呼び出したお方に仕え、その方の願いを一つ叶えるのが役目・・」
「一つ、か・・」
「よくお考えください・・高校を中退なさってから30年以上引きこもりの悟さんの人生でも変えて差し上げられるやも・・おっと、失礼・・」
この魔人は、言葉遣いこそ馬鹿丁寧なくせに、どこか自分を嘲弄しているように感じる。
「なら・・俺を強者男性にしてくれ!心身共に強い強者男性にな!」
あまり迷うことなく、悟は願いを言う。
「あら、その願いで本当に良いんですかぁ?」
「ああ!俺は弱い自分がずっと嫌だった!この心までも強い男に変えてくれ!」
「それでいいのなら・・承知いたしましたぁ~。では、どうぞ・・」
ドロンという煙と共に、魔人は姿を消した。
明らかに、見る景色が変わった。
背が高くなったからだと悟は気づく。
部屋にかけてある鏡に目を向けると、昔の自分の面影すら無いイケオジが映っていた。
「悟、誰かいるのー?さっきから話し声が・・」
「何でもねぇよ、ババァ!」
反射的に母を拒絶して、不思議と胸の痛みを覚えた。
「母さん・・」
俺は今まで、どれだけ母親に辛く当たっていたことだろう。
もう80代になり、死が間近の母を思うと、これまで感じたことのなかった申し訳なさが津波のように襲いかかってきた。
「今更・・何が出来るというんだ」
ずっと強者男性に憧れてきた。
だが、自分はもう、52歳。
青春も、青年も、何もかもとっくに終わっている。
今更、強者男性になれたところで・・・
「死のう・・」
ずっと死にたかった。
だが、勇気の無さゆえに死ねなかった。
今なら、死ねる気がする。
強くなった、強者男性の心で・・・
「結局、こうなってしまいましたか・・予想通りではありましたがねぇ」
主のいなくなった部屋に再び現れた魔人は、にやりと微かに微笑む。
「ですが・・これがご主人様の真の望みだったのかもしれませんねぇ」

