その夜、私は夕食の準備をしていた。

 初めてこの城で食事をした時は、戦々恐々としていた。
 悪魔の食事とは、いったいどんなものを食べるのか。やはり人間を食べるのだろうかと。

 だが彼は意外にもパンやシチューや果物など、人間と同じようなものを食べた。


 ダンタリアン様は、私の用意した食事を嬉しそうに食べてくれる。
 パンを焼いたりシチューを作る時は、興味深そうにしながら手伝ってくれたりもする。
 悪魔もパンやシチューを食べるが、人間のものとは調理法が違うらしく、人間の料理の方がおいしいと言う。


 夕食が完成し、私は料理をテーブルに運びながら疑問に思っていたことを問いかけた。

「ダンタリアン様は、強い魔力を持っているのですよね」

「まあ、そうじゃのう。悪魔じゃから、人間の魔法とはまた少し性質は違うがな」

「どんな魔法が使えるのか、うかがってもよろしいでしょうか?」

 ダンタリアン様は椅子に座ったまま、軽く指先を動かした。

「たとえば、物を操ることもできるし」

 そう言った途端、私が運ぼうとしていたフォークとナイフが食器棚からふわりと浮かびあがり、綺麗にテーブルに並んだ。

「それから、炎を出すこともできる」

 ダンタリアン様がまた指を動かすと、今度はランプに火が灯った。

「使い魔のコウモリを呼ぶこともできるぞ」

 彼が指を鳴らすと、窓の外に現れた数羽のコウモリがチィチィと鳴き声をたてながら城の周囲を旋回する。
 彼がもう一度指を鳴らすと、コウモリたちはどこかに飛び去って行った。


「我輩自身が空を飛ぶこともできるぞ。今は食事中だから、やらないがのう。
というわけで、たいていのことはできるのう」

 彼の魔法を見た私は、その魔力の強さに感動した。

「すごい……。そんなにたくさんの魔法が使えるのですね。普通、人間は一種類の魔法しか使えませんから」

 そう呟いてから、私は小さな声で付け加える。

「羨ましいです。私は何の魔法も使えないので」


 席についた私に対し、ダンタリアン様は信じられないことを言った。


「……いや。お主は魔力がまったくないわけではないぞ」


 その言葉に、私は思わず目を見開いた。

「えっ⁉ どういうことですか?」

「他人の力を増幅させるのが、お主の能力じゃ」

「他人の――力を?」

「ああ。お主だけでは、気づかなかったのだろう」

 ダンタリアン様は、もしかして私を励ますために嘘を言っているのだろうか。
 そう考えたのが伝わったのか、彼は自身の真紅の瞳を指さして言った。