悠然と私を見下ろし、彼は言った。


「その恰好では、話しにくいじゃろ」


 彼が小さく指を動かすと、私の腕を縛っていた縄が解ける。
 彼の魔法だろうか。


 私は立ち上がってスカートの裾をつまみ、頭を下げて彼に挨拶する。

「フォスティーヌ家の長女、ソフィアです。お目にかかれて光栄です」


 それを聞いた悪魔公爵は、声をたてておかしそうに笑った。

「お目にかかれて光栄、か。嘘つきじゃのう。怯えておるくせに」


 悪魔公爵とはどんな恐ろしい人物だろうと思っていたが、思いの外気さくそうに見える。

「あなたは、私のことを食べますか?」


 彼は考えこむように唸った後。

「そうじゃのう。それも良いかもしれんな」

 そう言って、長い指で私の顎を持ち上げた。
 私はじっと彼を見つめ返すことしかできない。


「……つまらん」

「えっ?」

「お主を食べてもつまらなさそうじゃ」

「つまらない……ですか」

 やはりここでもそう言われるのか……。


 笑わない。可愛げがない。いつも不機嫌そうだ。

『氷の乙女』は何を考えているのか分からない。

 妹のアンジェラは、コロコロと表情が変わって愛らしいのに。
 両親や周囲の人々に言われたそんな言葉たちを思い出し、私は暗い気持ちになった。


「おびえていない……わけではないな。震えておるからのう」


 たしかに、彼は恐ろしい。
 何しろ悪魔など、生まれてから一度も見たことがないのだ。
 止めようとしても、勝手に全身が小さく戦慄いている。

 だが、私の凍り付いた表情は、鏡を見なくとも何ら変化していないだろうと分かる。

「もっと泣きわめいたりせぬのか?」

「泣きわめいたほうがいいですか? そうしろと言われても、おそらくできないと思いますが……。
申し訳ございません。感情を表に出すのが、苦手なんです」

「生まれつきか?」

「いえ……」



 私は目を伏せ、理由を打ち明けた。

「幼いころから、魔法が使えない私は一族の恥と言われ、ずっと蔑まれてきました。
いつしか、表情を表に出すことができなくなっていました」

 私は消え入るような声で、そう呟いた。


 今までは妹や両親の体裁を守るため、他人にこんなことを話すなんて絶対に許されなかった。
 けれど、もうそんなことを気にする必要はない。
 どうせ私は、この後悪魔公爵に食べられてこの世から消えてしまうのだから。

 彼は納得したように頷いた。


「ふむ。では、泣いたりわめいたりできるようになれ」

「え?」

「その時、お主を食べることにする」

「そう、ですか……」

「さて、いつまでもここにいても仕方ない。城へ行くぞ」

「あの、悪魔公爵様」


 そう呼びかけると、彼はいたずらっぽく微笑んだ。


「我輩には、ダンタリアンという名がある。そう呼ぶといい」

「はい。ダンタリアン様」


 彼の名を呼ぶと、ダンタリアン様は満足そうに頷いて、私に手を差し伸べた。


「うむ、いい子だ。おいで、ソフィア」


 私はおそるおそる彼の手を握り、城へ向かった。