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「ソフィアお嬢様。旦那様がお呼びです」
ある日自分の部屋で本を読んでいた私は、侍女からそう声をかけられた。
珍しく父に呼びだされ、嫌な予感がした。
妹のアンジェラならともかく、父が私と直々に話をしようとするなんて、この数年間一度もなかったことだからだ。
父の執務室へ向かい、部屋に入る。
すると、妙に機嫌の良さそうな顔のお父様が椅子に座っていた。
そして私の顔を見るなり、父は言った。
「ソフィア! 悪魔公爵から、お前と婚約したいと申し出があった」
その言葉に、私は眉を寄せた。
「悪魔公爵って……」
「ああ、もちろん悪魔公爵のダンタリアン・ヴィレノアール様だよ!」
父はこぼれんばかりの笑顔でそう言った。
ダンタリアン・ヴィレノアール。
この国に住んでいるもので、その名を知らない人間はいない。
この世界には、人間以外にもいくつかの種族が存在する。
エルフや天使、ドラゴンや妖精など。
それらの生物は通常めったに人前に姿を現すことはないが、唯一この国に広大な領地を有している種族がいる。
それが悪魔だ。
中でもその筆頭となっているのが、悪魔公爵であるダンタリアン・ヴィレノアールだ。
もう百年近く前のことらしいが、悪魔たちを疎ましく思った王により、王家に仕える騎士たちが、悪魔たちを排除しようと争いを起こしたことがあるらしい。
だが結果は散々なものだったようだ。強大な力を持った悪魔たちに人間の騎士たちは全く太刀打ちできず、惨敗したらしい。
それ以降、王は決して悪魔たちを攻撃しないという条約を結ばされることとなり、悪魔と人間は互いに不可侵になっている。
悪魔は人間を呪い、人間を殺め、人間を食べるなどと言われ、悪魔を恐れた人間たちはそれ以降決して悪魔の住まう領域に近づかなくなった。
その悪魔公爵が、なぜか没落寸前の子爵家の娘である私と婚約を望んでいるそうだ。
だが、実は数日前に父と執事が話しているのを聞いてしまったため、大体の事情は把握していた。

