裸の少年を見てギョッとするつむぎ。
少年は色白で美しい金色の髪の毛。毛先に行くにしたがって銀色に変化している。華奢な身体を丸めるようにつむぎのベッドで寝ている。
つむぎ「あわわわ…。ど、どろぼう?け、警察に連絡しなくちゃ…」
青ざめてパニック状態になりながらどうすればいいかを考えるつむぎ。
つむぎ「いや、でも何で裸!?ち、痴漢!?いや、でも何で私のベッドですやすや寝てるの!?」
頭を抱えて混乱するつむぎ。
つむぎ「どうすればいいんだー!!」
右往左往しながら、ベッドで横たわる美少年の横顔に目が留まるつむぎ。
つむぎ(!?)
つむぎ(何て綺麗な顔なんだろう、ぱっと見じゃ男の子か女の子かわからない…。でも、あるから…。)
頬を赤るつむぎ。
つむぎ「私は何を考えているんだーっ!!そんなことは今、問題じゃなーい!!」
パニックで絶叫しながら頭を抱えるつむぎ。
謎の少年「ん…」
ハッとして少年の様子を伺うつむぎ。
つむぎ(お、起きてしまう…!)
大きなあくびをしながら起き上がる少年。開いたその眼は真紅を帯びている。
謎の少年「ふぁ〜ぁ…」
謎の少年はつむぎの存在に気がつく。緊張しながら身構えるつむぎ。
謎の少年「つむぎちゃんおかえり〜」
緊張感のない少年の挨拶に更に混乱を強めるつむぎ。
つむぎ(私の名前を知ってる…!?)
少年「どうしたのつむぎちゃん。そんな怖い顔して」
きょとんとした顔でこちらを見つめる少年に返答ができないつむぎ。
謎の少年「今日は2週間に1回のご飯の日でしょ?マウス解凍してる?この前のマウス、中心がまだ冷たかったよ」
ちょっと不機嫌そうな表情の少年。
つむぎ「えっ、恋恋ちゃん…?」
恐る恐る確認するつむぎ。
謎の少年「ん?そうだけど、何でそんなこと聴くの?」
つむぎ「えっ、えーーーーーっ!?」
血の気が引いて倒れかかるつむぎ。つむぎの身体を即座に支える謎の少年。
謎の少年「つむぎちゃん、大丈夫!?」
つむぎの謎の少年の顔が接近する。見つめ合う2人。我に返えるつむぎ。
つむぎ「ぎゃーーーっ!!下かくして!!」
謎の少年を突き飛ばして顔を手で覆うつむぎ。尻餅をついてキョトンとする謎の少年。
謎の少年「下?」
股を開いて下半身を指差す謎の少年。
つむぎ「ぎゃーーーーーーっ!」
謎の少年「隠すものなんてないよ。蛇から人になってからまだ数時間しか経ってないし」
つむぎ「蛇から人に…?」
コクンと頷く謎の少年。ハッとして恋恋の水槽に目をやるつむぎ。水槽には何もいない。
つむぎ「…恋恋ちゃん?」
コクンと頷く謎の少年。
つむぎ「えーーーーーっ!!!!」

◯一通り事情を説明した後のつむぎの部屋
つむぎ「蛇神様のお力をお借りして、恋恋ちゃんは人間になったと…」
恋恋「そう」
恋恋「でも、最初は勝手がわからなくて」
恋恋「蛇生初の手足なもので」
つむぎ「でも人間になって数時間で身体を自由に動かせるのは生物学的には不可能だと思うんだけど…」
恋恋「霊力の賜物じゃない?」
つむぎ「ご都合主義だなぁ…」
恋恋「人間の言葉も話せるし、理解できる」
恋恋「蛇神様は力を貸すと言っていた」
恋恋「蛇から進化の流れをすっ飛ばして人間になるくらいの力だから、それくらいはおまけなのかも知れない」
つむぎ「確かに…」
つむぎ(今でもこんなことが現実に起こっていることが信じられない…)
つむぎ(爬虫類が進化の機序を無視して、人間になる…)
つむぎ(でも、そんなことより気になるのは…)
つむぎ「恋恋ちゃん、そろそろ服着よう」
恋恋「ん?でも僕当たり前だけど、服なんか持ってないよ」
つむぎ「私の服貸してあげるよ」
頬を赤ながら、つむぎがフード付きパーカーとジャージのズボンを探し、手渡す。
恋恋「つむぎちゃんのサイズ入るかな…」
つむぎ「大丈夫だと思うよ。恋恋ちゃん私よりちょっと大きいくらいだし。アミメニシキヘビとかだと巨人みたいなサイズになりそうだけど」
恋恋「蛇オタすぎでしょ…。何そのアミメニシキヘビって…」
目を輝かせてアミメニシキヘビの蘊蓄を話し出しそうなつむぎを無視して、手渡された服に着替える恋恋。
つむぎ「うん!似合ってる似合ってる!」
恋恋「何このパーカーのプリント?」
つむぎ「…爬虫類専門動物園NUMAZOO公式パーカー…」
恥ずかしそうな表情を浮かべるつむぎ。クスリと笑う恋恋。
ママ「あれ?つむぎ、お友達でも来てるの?」
部屋の外から母が話しかける。
つむぎ(!、まずい!恋恋ちゃん隠れて!)
恋恋(えっ、なんで?)
つむぎ(いいから!)
恋恋をクローゼットに押し込むつむぎ。
つむぎ「だ、誰もいないよ。恋恋ちゃんとお話ししてだけ」
部屋のドアを開けてしどろもどろになりながら答えるつむぎ。
ママ「そっかー、つむぎいつも恋恋ちゃんに話しかけてるもんね。あっ、そうだ!夕飯できたよ」
つむぎ「あ、ありがと!今行くね!」
冷や汗を流しながら笑顔で母を見送るつむぎ。ドアを閉める。
つむぎ「はぁ〜」
恋恋「ママさん行った?隠れる必要あるの?」
つむぎ「あるよ!バレたらなんて説明するの!?」
恋恋「恋恋が人間になったって言えば?」
つむぎ「信じてもらえないよぉ…」
恋恋「つむぎちゃんは信じてくれたのに?」
つむぎ「えっ?」
ハッとするつむぎ。
つむぎ(確かに何で私、こんな荒唐無稽な状況を信じているんだろ…)
恋恋(…)
考え込むつむぎをじっと見つめる恋恋。
つむぎ「とりあえず、今日は部屋で大人しくしてて。これからのことは…考えてみるから」
恋恋「わかった」
つむぎ「私はとりあえず夕飯食べてくる。」
部屋を出るつむぎ。
恋恋(蛇神様…。人間になったのはいいけど、つむぎちゃんに迷惑かけてるだけなんだけど)
ため息をついて項垂れる恋恋。
謎の声(蛇と人間の恋愛を成就させるには一筋縄ではいかんからな)
恋恋(!)
ギョッとして周囲を見渡す恋恋。
蛇神(わしじゃ。蛇神じゃ)
恋恋「どこにいるの!?」
蛇神(言ったであろう?わしの力を貸してやると。わしの力とは言わばわしの一部)
蛇神(お主の身体の中には2つの意思が宿っている状態じゃ)
蛇神(お主は常にわしと話すことができるし、お主が体験していることはわしも同様に体験しておる)
恋恋「なんかやだな…」
蛇神(まぁ、そういうな。年長者からの助言を常に受けれるというのは鬱陶しさはあるものの、学びにはなるぞ)
恋恋(学び?)
蛇神(そうじゃ。差し当たって、人間状態の窮屈さを感じておろう)
恋恋(…。まぁ。)
不本意ながら同意する恋恋。
蛇神(お主はわしの霊力を得て人間になれるが、根本的には蛇じゃ)
蛇神(力を我がものとすれば蛇にも戻れるぞ)
恋恋(えっ、そうなの?)
蛇神(コツは人間と蛇では五感、つまり視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚が全てにおいて異なる)
蛇神(今、お主は人間の感覚でそれらを感じ取っているが、蛇の時とは違和感があるはずじゃ)
蛇神(蛇の時の五感を思い出せ、そして静かに思い描け)
蛇神(さすればお主の身体は蛇の状態に戻れるじゃろう)
恋恋(ふむ、ピンとこないけどやってみるか)
*瞑想を始めて10分経過
恋恋(戻れないな…)
困惑する恋恋。
恋恋「蛇神様、戻れないけど」
恋恋「蛇神様?」
恋恋「チッ…、連絡は一方通行かよ」
怪訝な様子で瞑想に戻る恋恋。
恋恋(蛇の時の感覚か…。)

◯恋恋の回想
恋恋(つむぎちゃんと出会ったのは6年前の初夏)
恋恋(つむぎちゃんは僕と目があった瞬間、僕の入れられたケースから全く動こうとせず)
つむぎ「私この子がいい!この子にする!」
恋恋(この時の胸の高鳴り、味わったことのない感情は未だ鮮明に覚えている)
恋恋(人間の言葉を得た今なら、これが一目惚れ?かなと思う)
恋恋(つむぎちゃんはいつでも僕のことを気にかけ、ずっと話しかけてくれた)
つむぎとの様々な思い出を振り返る恋恋。
恋恋(いつもお話をしたかったんだけど、その方法も、言葉も、わからなくて…)
恋恋(でも今なら、この力を得た今なら、あの時言えなかった言葉を伝えられなかった気持ちを伝えることができる…!)
蛇神(…)
何かを思案しながら、恋恋の様子を見守る蛇神。

◯芥見家つむぎの部屋
つむぎ(ご飯食べながら、考えたけど、何もいい考え浮かばなかった…)
ため息をつきならが、自室のドアを開ける。
つむぎ「恋恋ちゃん?」
部屋には恋恋がいない。
つむぎ「恋恋ちゃん!?」
つむぎ(さっきひどいこと言ったから出て行ってしたまったのかも!)
焦るつむぎ。
恋恋(つむぎちゃん)
つむぎ「!」
声に反応して振り向くと、水槽の中に蛇の姿の恋恋がいる。
つむぎ「恋恋ちゃん蛇に戻れたの!?」
恋恋(蛇神様の力がまだ上手に扱えないけど、何とか蛇に戻ることができたみたい)
つむぎ「うわ、なんか頭の中に直接音声が入ってくる感じ…」
恋恋(蛇の状態だと、発語できないけど、直接つむぎちゃんに声を伝えることができるみたい。これも蛇神様の力かな?)
つむぎ「でもよかった〜」
ため息をつき、安堵するつむぎ。
恋恋(…)
つむぎをじっと見つめる恋恋。

第二話「かの蛇、賜る御威を能く制する事を習ひ得るなり」終わり