「……」

 朝7時。校門がまだ開いていない時間に学校に来た。門の前で門が開くのを待っていると、教師が驚いた顔をしながら「おお、おはよう。早いな」と言いながら門を開けた。

「おはようございます」
「こんな早くに来てどうするんだ?」
「あ…いや、ちょっと勉強を…」
「ふぅん、中間テスト近いもんな。朝早くからご苦労さん」

 そう言って教師はグラウンドの方に歩いていった。
 教師にはそう言ったけど、本当は違う。

「えっと…あ、あった」

 私はスクールバッグのチャックを開け、手を震わせながら、がさがさと鞄の中を探る。かさり、と鞄の中で手が紙に当たる。私はその紙を取り出し、両手に持つ。
 恋文(ラブレター)だ。

「表の名前…書いてる。私の名前…書いてる。うん、大丈夫」

 昨日の夜も今朝も何度も確認したけど、私は名前が書いてあるかの確認をまた何度もする。

「すぅ~…はぁ~…」
 
 私は恋文を胸に寄せ、ドキドキを落ち着かせるために深呼吸する。ゆっくりと吸ったり吐いたりを繰り返しドキドキが少し落ち着くと、目の前の下駄箱を見つめた。私の好きな人の、下駄箱だ。

「山田…駿介君…」

 ぽつりと。下駄箱に書いてある名札の名前を呟く。するとまた、ドキドキが早くなる。呼吸が浅くなる。

「は、早く下駄箱に恋文(これ)を入れなくちゃ。誰か来る前にこれを…」

 手を震わせながら、その恋文を彼の下駄箱に入れようとした。
 その時。

「あの…」

 すぐ後ろから男の人の声がして。バッ!と私は後ろに振り向いた。そこには─

「!?や、山田君!?」

 後ろにいたのは、恋文の相手…私の好きな人。山田君だった。

「あ、おはよう世良さん」
「おおお、おはよう…ございましゅ」

 慌てて挨拶を返したせいか、最後の言葉を噛んでしまった。

 な、ななな、なんでこんな朝早くに山田君がいるの!?手紙、どうしよう…

 頭を俯け、恋文を握りしめながら私はその場で固まる。まさか、本人の前で恋文を入れるなんてできないし。でも、本人に渡すのは…

 予想外なことが起こり、静かにパニックになっていると。

「あの~…そこ、俺の下駄箱だからさ。靴、入れていいかな?」

山田君の声がして。顔を上げると、山田君は困った顔をしていた。

「ごっ、ごめんなさい…」

 そう言いながら、私はすすす…と横歩きしながら山田君の下駄箱の前から退いた。

 どうしよう、この手紙。どうしよう…

 頭を俯け、手に持つ恋文を見つめていると。

「…世良さん、今日朝早いね」

 上履きに替えながら、山田君は聞いてきた。

「え、ぅ、あ、はい!そう…ですね…」
「何か用事?部活とか?あ、世良さん部活やってなかったっけ?」
「は、はい、部活はしてない、です。ちょっと、用事があって…その、や、ヤマダ君は?」

 緊張しすぎて『山田君』のところで声が裏返った。恥ずかしい、死にたい。

「え、俺?俺はその…俺もちょっと用事があって…」

 ちらりと山田君の顔を見る。スクールバッグから何か紙のようなものを取り出し、それを手に持つ。何だか少し、頬が赤い気がするけど、気のせいかな。

「……」
「……」

 私はその場で固まったまま動けずにいた。私は分かるけど、何故か山田君まで上履きに履き替えてから、その場で固まっていた。

 何だこの状況?は、早くここから離れてよ!下駄箱にこの手紙入れられないじゃん!こっ、こうなったらもう、本人に直接この手紙を渡した方がいいのかな?うぅ~…ど、どうにでもなれっ!!

 私は意を決して。

「や、山田君!これっ!!」
「せ、世良さん!これっ!!」

 私は山田君に恋を綴った恋文を渡した。それと同時に、山田君も私に何かを渡してきた。
 …手紙?

「「…え?」」

 顔を上げ、山田君と目が合う。私もそうだけど、山田君もきょとんとしていた。

「…あ、りがとう?」

 そう言いながら、私は山田君から手紙のようなものを受け取った。それと同時に、山田君は私の恋文を受け取った。

「…えっと、読んでいいの?」
「え、あ、うん。せ、世良さんの手紙も読んでいいの?」
「う、うん。どぞ…」

 カサカサと。私と山田君は向かい合いながらそれぞれで手紙を開ける。するとそこには─…


『好きです。今日の放課後、校舎裏で返事ください。』
 

「うそ…?」
「マジで…?」

 私と山田君の声が重なる。顔を上げると山田君も同じタイミングで顔を上げた。目が、合う。
 少しの沈黙。すると、先に山田君から口を開いた。

「あの…いつから?あ、俺は…その、前に世良さんと隣の席になった時に、話してたら…何だかすっ、好きになってたんだけど…さ」
「あっ、私も、おんなじ!山田君と隣の席になって、山田君とお話ししてたら…好きだなあって…おもっ…て…」

 言いながら、かああっと全身が熱くなる。恥ずかしくて嬉しくて、目尻からじわじわと涙が滲んでくる。

 そして。

「こ、こんな私でよければ、よろしくお願いします!」
「こ、こんな俺でよければ、よろしくお願いします!」

 と、私と山田君はまた声が重なった。顔を上げると、山田君と目が合う。

「…さっきから声かぶりまくりだな」
「だね」

 そう言うと、ぷはっと、私と山田君は同時に吹き出した。
 


 …好きだよ、山田君。

 これから、よろしくお願いします。