雨が強くなっていた。校舎の上を叩く雨粒が、まるで心臓の鼓動みたいに響いてくる。
世界が呼吸しているような気がした。いや、違う。これは、私の体が震えている音だった。
「ねぇ。あんたは、そんな顔して、何がしたいの?」
御心さんの声が、風に流れるように遠くで響く。頬を打つ雨の中、その笑みだけがはっきり見えた。もう、怖いなんて感情も通り越して、何も感じなかった。
ただ、静かだった。世界の全部が、灰色に溶けていた。
「私が何をしたの……?」
声が出た。かすれた声。涙と雨が混じって、自分でも何を言っているのかわからなかった。
「どうして……そんなに、私を――」
「うるさい。」
乾いた声。
次の瞬間、胸のあたりに冷たい手がかかった。
ぞっとするほど冷たい。雨よりも、冷たい。
身体が、わずかに後ろへ引かれる。足元のコンクリートが遠くなる。
風が急に体の下へ潜り込む。
ああ、落ちるのかな――
なんだか、楽になれる気がした。
―――そのとき。
「危ないっ!」
風の中を裂くような声が響いた。
誰かが腕を掴む。爪が皮膚に食い込むほど強く。
その痛みが、やけに鮮明だった。
私の体はぎりぎりのところで止まっていた。
地面までの距離―――何階分だろう。見えない。見たくもなかった。
「離すな!しっかり掴め!」
声の主が叫ぶ。
その声には、怒りでも諭すでもない、“必死さ”があった。
私を生かそうとする力のこもった声。それが誰なのか確かめる余裕もなく、ただ、その腕を信じるしかなかった。
ぐっと引き上げられる。背中がコンクリートにぶつかり、痛みが走った。その痛みで、初めて涙があふれた。嗚咽が止まらなかった。
泣くしか、できなかった。
「……大丈夫か。」
雨の音の向こうで、優しい声がした。顔を上げると、濡れた髪を手で拭い、学ランの肩口から雨が滴っている人が目に映る。
目が合った瞬間、心臓が音を立てた。何かを壊すような音だった。
「……ありがとう……」
その一言が、震える唇からこぼれ落ちた。それだけで、世界が少しだけ変わった気がした。彼は少し首を傾げて、微笑んだ。
「間に合って、よかった。」
名前も知らないのに、その瞳の奥を一瞬で信じられた。雨の中で、初めて“あたたかい”と思えた音がした。
御心さんはなにかを小さく呟き、それが捨て台詞だったかのようにその場を立ち去った。私はただ、彼の腕の中で震えていた。
何かが壊れて、そして何かが始まった。
世界が呼吸しているような気がした。いや、違う。これは、私の体が震えている音だった。
「ねぇ。あんたは、そんな顔して、何がしたいの?」
御心さんの声が、風に流れるように遠くで響く。頬を打つ雨の中、その笑みだけがはっきり見えた。もう、怖いなんて感情も通り越して、何も感じなかった。
ただ、静かだった。世界の全部が、灰色に溶けていた。
「私が何をしたの……?」
声が出た。かすれた声。涙と雨が混じって、自分でも何を言っているのかわからなかった。
「どうして……そんなに、私を――」
「うるさい。」
乾いた声。
次の瞬間、胸のあたりに冷たい手がかかった。
ぞっとするほど冷たい。雨よりも、冷たい。
身体が、わずかに後ろへ引かれる。足元のコンクリートが遠くなる。
風が急に体の下へ潜り込む。
ああ、落ちるのかな――
なんだか、楽になれる気がした。
―――そのとき。
「危ないっ!」
風の中を裂くような声が響いた。
誰かが腕を掴む。爪が皮膚に食い込むほど強く。
その痛みが、やけに鮮明だった。
私の体はぎりぎりのところで止まっていた。
地面までの距離―――何階分だろう。見えない。見たくもなかった。
「離すな!しっかり掴め!」
声の主が叫ぶ。
その声には、怒りでも諭すでもない、“必死さ”があった。
私を生かそうとする力のこもった声。それが誰なのか確かめる余裕もなく、ただ、その腕を信じるしかなかった。
ぐっと引き上げられる。背中がコンクリートにぶつかり、痛みが走った。その痛みで、初めて涙があふれた。嗚咽が止まらなかった。
泣くしか、できなかった。
「……大丈夫か。」
雨の音の向こうで、優しい声がした。顔を上げると、濡れた髪を手で拭い、学ランの肩口から雨が滴っている人が目に映る。
目が合った瞬間、心臓が音を立てた。何かを壊すような音だった。
「……ありがとう……」
その一言が、震える唇からこぼれ落ちた。それだけで、世界が少しだけ変わった気がした。彼は少し首を傾げて、微笑んだ。
「間に合って、よかった。」
名前も知らないのに、その瞳の奥を一瞬で信じられた。雨の中で、初めて“あたたかい”と思えた音がした。
御心さんはなにかを小さく呟き、それが捨て台詞だったかのようにその場を立ち去った。私はただ、彼の腕の中で震えていた。
何かが壊れて、そして何かが始まった。
