この雨を虹にしてくれた君へ


 「いってきます」

 家を出る。

 「―――雨、か…」

 傘をさす。

 ―――ぴちゃっ

 靴下が濡れる。

 ―――ぴちゃっ

 ふくらはぎに跳ねる。

 「―――はぁ…」

 ため息が漏れる。

 今日も、ひとり。


 駅に着き、電車に揺られること、20分。
 「雨、まだやまないかぁ…」
 駅を出る。雨の日は、心做しか憂鬱だ。
 そのまま10分ほど歩き、「楷科高校」と書いてある校門を通り抜ける。昇降口と廊下を過ぎ、教室に入る。
 「おはよ、夢姫。」
 天寧に声をかけられる。
 「…おはよ」
 天寧なら、と簡単にだけど返事をして、席につく。
 「はぁ…」
 また、ため息が漏れる。ここ最近、ため息をついてばかりだな、と思う。しないように意識しても、やめられないものはやめられない。教室が賑わう中、ひとり静かにイヤホンを耳に差し込み、スマホの再生ボタンを押す。曲が流れ始める。

 「何が待っていようと君に会いにいくから――」

 これは、今聞いているお気に入りの曲、「Epilogue」の歌詞だ。聴くたびに、素敵だな、と思う。こんなことを言ってもらえることはないんだろうな、とも思う。
 音楽を聴くこと。それが私の逃げ場だ。段々と煩さが増してくる教室の中、一人だけ別の世界にいるような気分になる。それが、今の私には、楽だった。
 先生が入ってきたので、渋々イヤホンを片方だけ外して、ケースに戻す。こうすれば、音楽を聴きながらでも、先生の話が聞こえるのだ。
 「えー、ホームルームを始める。日直は…水野だな。挨拶をしてくれ。」
 「はい。規律、礼。」
 「おはようございます」
 声は小さかったけど、でもちゃんとおはようございます、とは言えた。隣の人くらいには聞こえたと思いたい。これでも頑張ったほうなのだ。
 「着席」
 みんなはすごいな、と思う。日直の水野さんだって、こんなに大きい声で挨拶できるし、天寧だって、こんな私に話しかけてくれる。男子だって、隣の人とこそこそ喋って、こら、と怒られている。
 私は、いわゆる人見知りというものなのだと思う。初対面の人に自分から話しかけることなんて絶対にないし、むしろ話しかけられる方でも焦ってちゃんとした返答をできないと思う。クラスメートでさえ、まともに話したことがある人なんて天寧ぐらいしかいない。本当に、いつからこうなったんだろう……
 「―――ということで、今日の連絡は以上だ」
 先生が言った。
 「起立、礼。」
 みんな早口に「ありがとうございました」と言うなり、教室の外へ駆け出していく。きっとどこかのクラスの友達に会いに行くのだろう。私も、違うクラスにそんな友達が欲しいなぁ、なんて。そんなことありえないけれど、そう思うことがある。