この雨を虹にしてくれた君へ

 病院を出る日。外の空気が、あの日の雨とはまるで違っていた。透明で、あたたかくて、息を吸うたびに胸が広がる。
 「ようやく、外に出られたね。」
 瑠衣くんが笑って傘を広げた。ほんの少し小雨が降っていたけれど、それはもう怖くなかった。
 「ね、雨って、不思議だよね。」
 「どうして?」
 「昔は嫌いだったのに、いまは……好きかも。」
 「それは、俺のせい?」
 「うん、かもね。」
 ふたりで笑いながら、駅までの道を歩いた。傘の中の空気が心地よかった。
 それからの毎日は穏やかだった。学校に戻っても、誰かを恐れることはもうなかった。日常が戻った。でも、それは以前のままではなく、新しい自分の時間として輝いていた。そして季節がめぐり、春がまた暖かく香る頃、私たちは卒業した。

 あれから数年。
 大人になったふたりは、街のカフェの窓際で向かい合っていた。春の雨が降っている。それでも、瑠衣くんは変わらず傘を差して迎えに来てくれた。スーツ姿の彼は、昔より少し落ち着いた雰囲気を纏っている。
 「夢姫、今日も遅くまで仕事だったのか?」
 「うん、でも瑠衣くんと会うって思ったら頑張れた。」
 「ちょっ、やめろ、照れる…」
 ふたりで顔を見合わせて笑った。
 「なあ、覚えてる? 最初に出会った日のこと。」
 「忘れるわけないよ。」
 「俺、あっという間だったんだ。あの瞬間から。」
 「何が?」
 「お前に惹かれた瞬間。」
 不意にそう言われて、胸が跳ねた。
 「……そういうの、こっちこそ照れる…。」
 「ふはっ、仕返し。」
 彼が手を差し伸べた。指先に触れるその感触が、初めて手を繋いだ日の温度をそのまま連れてくる。
 「夢姫、これからも俺の隣にいてくれる?」
 「当たり前だよ。……ずっと一緒にいるって、決めたんだから。」
 ふたりの手が重なる。外の雨がだんだん止み、カフェの窓に虹色の光が滲んだ。外へ出ると、空に大きな虹が架かっていた。瑠衣くんが傘をたたむ。
 「もう傘、いらないな。」
 「うん。」
 雨の匂いを含んだ風が吹いて、髪を揺らした。瑠衣くんは静かに微笑む。
 「なあ、夢姫。俺、あのとき、こうなる未来なんて想像できなかった。」
 「私も。……でも、今なら言える。」
 「なに?」
 「雨の日も、悪くない。」
 私は笑って、瑠衣くんにそっと寄り添った。空の虹が、光をほどきながらゆっくり消えていく。世界には、いつまでもその色が残っていた。
 歩き出した二人のそばを、そよ風が吹き抜けた。
 もうすぐ春だね、瑠衣くん。