照明の落ちた廊下の片隅。
璃子は足を止め、人気のない壁際にそっと寄りかかった。
ヒールの音が途切れ、張り詰めた静けさだけが残る。
鏡もない場所なのに、目を伏せた瞬間――
まぶたの裏に、あの瞳の残像が浮かんだ。
彼の目。
彼の声。
あの夜に触れた温度。
……それなのに、彼は“知らない人”の顔で通り過ぎた。
「……優香さんのために、知らないフリをしてるの?」
もしそうなら、まだよかった。
誰かを守るためなら、私を切り捨てた理由も――少しは納得できる。
でも、違う。
あの目。
あの、一瞬だけ揺れた迷い。
(見たの。私を“知ってる目”……間違いなく。)
「だったら……どうして?」
なぜ、思い出さないの。
なぜ、思い出そうともしないの。
それとも――もう全部思い出していて、見ないフリをしてるの?
「……私のことなんて、いなかったことにしたいの?」
胸の奥がきゅっと痛んだ。
あんなにも傍にいたのに。
あんなにも触れ合ったのに。
それすら“なかったこと”にされるのは――
愛されなかった以上に、ずっと残酷だった。
「……だったら、せめて教えてよ……」
“全部忘れた”って。
“もう終わってる”って。
一言でいいから、ちゃんと、目を見て。
そうしたら、私――
「……ちゃんと、終われるのに……」
璃子は壁にもたれたまま、そっと顔を伏せる。
声にならない涙が、静かに頬を滑り落ちた。
誰にも見られない場所でしか泣けない夜もある。
その静けさの奥で、
終われない想いだけが、まだ微かに息をしていた。
璃子は足を止め、人気のない壁際にそっと寄りかかった。
ヒールの音が途切れ、張り詰めた静けさだけが残る。
鏡もない場所なのに、目を伏せた瞬間――
まぶたの裏に、あの瞳の残像が浮かんだ。
彼の目。
彼の声。
あの夜に触れた温度。
……それなのに、彼は“知らない人”の顔で通り過ぎた。
「……優香さんのために、知らないフリをしてるの?」
もしそうなら、まだよかった。
誰かを守るためなら、私を切り捨てた理由も――少しは納得できる。
でも、違う。
あの目。
あの、一瞬だけ揺れた迷い。
(見たの。私を“知ってる目”……間違いなく。)
「だったら……どうして?」
なぜ、思い出さないの。
なぜ、思い出そうともしないの。
それとも――もう全部思い出していて、見ないフリをしてるの?
「……私のことなんて、いなかったことにしたいの?」
胸の奥がきゅっと痛んだ。
あんなにも傍にいたのに。
あんなにも触れ合ったのに。
それすら“なかったこと”にされるのは――
愛されなかった以上に、ずっと残酷だった。
「……だったら、せめて教えてよ……」
“全部忘れた”って。
“もう終わってる”って。
一言でいいから、ちゃんと、目を見て。
そうしたら、私――
「……ちゃんと、終われるのに……」
璃子は壁にもたれたまま、そっと顔を伏せる。
声にならない涙が、静かに頬を滑り落ちた。
誰にも見られない場所でしか泣けない夜もある。
その静けさの奥で、
終われない想いだけが、まだ微かに息をしていた。


