リハーサルを終えた控室。
スタッフたちが荷物を抱えて次々と出ていく。
ドアが閉まり、蛍光灯の唸りと空調の低い音だけが残った。
モニターの隅では、先ほどのリハ映像が無音で流れ続けている。
蓮は椅子に腰を下ろし、台本を見つめていた。
ページをめくる指先がかすかに震えていることに、自分でも気づいていない。
「……お疲れさま」
静かな声が背後から落ちてきた。
振り返ると、ドアを閉めて立つ璃子がいた。
その視線はまっすぐ、蓮に向けられている。
「……どうも」
蓮はすぐに目を逸らし、台本へ視線を戻す。
(頼む……もう、来るなよ……)
ヒールの音が近づく。
やわらかく微笑んだ璃子が、蓮を見下ろすように立つ。
「さすがね。立ち居振る舞いが完璧。……“宅麻大地”そのものだったわ」
その口調は穏やかでも、言葉の奥には刺すようなものがあった。
蓮の指が、台本の端でぴくりと動く。
「……褒めてくれて、ありがとうございます」
「でも――」
璃子はテーブルの端に腰を下ろし、彼の視線を真正面からとらえた。
「本気で“宅麻大地”になりきれてるって、思ってるの?」
蓮の呼吸が、ほんの少し止まる。
「あなた、目が泳いでるわ。誰かに“見ててほしい”って……
まだ思ってるんでしょう? 昔と同じ。
そうやって、自分一人じゃ立てない人。」
「……っ」
「ねえ、忘れたつもりでいるんでしょ?
でも私は知ってる。あなた、何も変わってないの。
あの夜、私にすがったときと同じ顔してる。」
璃子の瞳がわずかに濡れている。
しかしその視線は、決して揺れない。
「『頑張るから見ててくれ』って――あれ、全部嘘だったの?」
「……俺は、宅麻大地です」
蓮は台本を強く握り、顔を上げた。
「それ以上でも、それ以下でもない……!」
「ふふ……」
璃子は静かに笑う。
「じゃあ、なぜそんなに怯えてるの?」
「っ……」
「ねえ、そろそろ認めたら?」
彼女の声は一段と低くなる。
「“黒瀬蓮”を忘れたんじゃなくて――
あなたは、あの頃の自分をまだ手放せないの。
誰かに認めてほしい、受け入れてほしいって……
ずっと、誰かにすがりついて生きてるのよ」
その言葉は鋭利な刃のように、蓮の胸の奥を刺した。
(やめろ……!)
「優しい人がそばにいるのね」
璃子はふと目を伏せて呟いた。
「マネージャーさん……彼女、あなたを見てる目が、あの頃の私にそっくりだった」
「……!」
「大事にしなさい」
一歩、蓮に近づく。香水のかすかな香りが、記憶を呼び起こす。
「でも――忘れないで」
璃子はそのまま囁くように続けた。
「あなたの弱さを、涙を、欲しがり方を――
この世で一番知ってるのは、私よ」
蓮の胸が激しく上下する。
(やめてくれ……今の俺は……優香のそばにいるんだ……)
璃子はその視線を静かに受け止め、ふっと微笑んだ。
「……忘れようとしない限り、あなたは“蓮”を演じ続けるのよ」
そう言い残し、璃子は踵を返す。
ヒールの音が、静かな部屋に乾いたリズムを刻む。
蓮は立ち上がれず、その背中を見送るしかなかった。
握った台本の角が白い指に食い込み、ようやく痛みを感じる。
(俺は……今、どっちなんだ……?)
(蓮なのか……大地なのか……)
ドアが静かに閉まり、控室はまた静寂に沈んだ。
スタッフたちが荷物を抱えて次々と出ていく。
ドアが閉まり、蛍光灯の唸りと空調の低い音だけが残った。
モニターの隅では、先ほどのリハ映像が無音で流れ続けている。
蓮は椅子に腰を下ろし、台本を見つめていた。
ページをめくる指先がかすかに震えていることに、自分でも気づいていない。
「……お疲れさま」
静かな声が背後から落ちてきた。
振り返ると、ドアを閉めて立つ璃子がいた。
その視線はまっすぐ、蓮に向けられている。
「……どうも」
蓮はすぐに目を逸らし、台本へ視線を戻す。
(頼む……もう、来るなよ……)
ヒールの音が近づく。
やわらかく微笑んだ璃子が、蓮を見下ろすように立つ。
「さすがね。立ち居振る舞いが完璧。……“宅麻大地”そのものだったわ」
その口調は穏やかでも、言葉の奥には刺すようなものがあった。
蓮の指が、台本の端でぴくりと動く。
「……褒めてくれて、ありがとうございます」
「でも――」
璃子はテーブルの端に腰を下ろし、彼の視線を真正面からとらえた。
「本気で“宅麻大地”になりきれてるって、思ってるの?」
蓮の呼吸が、ほんの少し止まる。
「あなた、目が泳いでるわ。誰かに“見ててほしい”って……
まだ思ってるんでしょう? 昔と同じ。
そうやって、自分一人じゃ立てない人。」
「……っ」
「ねえ、忘れたつもりでいるんでしょ?
でも私は知ってる。あなた、何も変わってないの。
あの夜、私にすがったときと同じ顔してる。」
璃子の瞳がわずかに濡れている。
しかしその視線は、決して揺れない。
「『頑張るから見ててくれ』って――あれ、全部嘘だったの?」
「……俺は、宅麻大地です」
蓮は台本を強く握り、顔を上げた。
「それ以上でも、それ以下でもない……!」
「ふふ……」
璃子は静かに笑う。
「じゃあ、なぜそんなに怯えてるの?」
「っ……」
「ねえ、そろそろ認めたら?」
彼女の声は一段と低くなる。
「“黒瀬蓮”を忘れたんじゃなくて――
あなたは、あの頃の自分をまだ手放せないの。
誰かに認めてほしい、受け入れてほしいって……
ずっと、誰かにすがりついて生きてるのよ」
その言葉は鋭利な刃のように、蓮の胸の奥を刺した。
(やめろ……!)
「優しい人がそばにいるのね」
璃子はふと目を伏せて呟いた。
「マネージャーさん……彼女、あなたを見てる目が、あの頃の私にそっくりだった」
「……!」
「大事にしなさい」
一歩、蓮に近づく。香水のかすかな香りが、記憶を呼び起こす。
「でも――忘れないで」
璃子はそのまま囁くように続けた。
「あなたの弱さを、涙を、欲しがり方を――
この世で一番知ってるのは、私よ」
蓮の胸が激しく上下する。
(やめてくれ……今の俺は……優香のそばにいるんだ……)
璃子はその視線を静かに受け止め、ふっと微笑んだ。
「……忘れようとしない限り、あなたは“蓮”を演じ続けるのよ」
そう言い残し、璃子は踵を返す。
ヒールの音が、静かな部屋に乾いたリズムを刻む。
蓮は立ち上がれず、その背中を見送るしかなかった。
握った台本の角が白い指に食い込み、ようやく痛みを感じる。
(俺は……今、どっちなんだ……?)
(蓮なのか……大地なのか……)
ドアが静かに閉まり、控室はまた静寂に沈んだ。


