「……え、復帰? 宅麻大地?」

 テレビの音がふと耳に入り、岡崎優香は手を止めた。
 画面には、まばゆい照明に照らされた一人の青年が映っている。

 ライトを受けてやわらかく光る、明るいブラウンの髪。
 整った顔立ちには薄くメイクが施され、白いジャケットに身を包んだ胸元で、シルバーの小さなブローチがきらりと光っていた。

 彼は、完璧な笑顔でゆっくりと手を振りながら、
「応援、ありがとうございます」
 と、柔らかく言葉を発していた。
 スタジオからは歓声が上がり、カメラのフラッシュが瞬く。

 けれど――優香の眉が、わずかに寄った。

(……なんか、変)

 何が、とはうまく言えない。
 ただ、目の前の「完璧なはずのその笑顔」が、どうしても心に引っかかった。

 口角は理想的な角度。
 目線も合ってるし、話す言葉も穏やかで嫌味がない。

 ――なのに、どこか「空っぽ」に見えた。

(感情が、乗ってない……?)

 ふと、彼女は自分の幼い頃を思い出した。

 「いい子」と言われるために、鏡の前で何度も練習した笑顔。
 誰かに褒められるために、感情を押し殺してつくった「完璧な仮面」。

 ――似ている。

 そう思った瞬間、画面の中の彼が「ありがとう」と言った。
 その声が、誰にも届かない真空の中で反響するように感じられた。

(……あの人、本当に笑ってるのかな)

 優香はリモコンで音を下げ、ため息をついた。
 そのままソファに背を預けながら、スマホのカレンダーを開く。

 数日後、事務所で新プロジェクトの打ち合わせがある。
 その参加メンバーの一覧に、見慣れない名前がひとつだけ混じっていた。

「宅麻大地(特別枠)」

 指先が、文字の上で止まる。

(……会える、のかな)

 胸の奥で、小さなざわめきが生まれていた。
 理由は、わからない。

 ただ――会ってみたいと思った。
 あの笑顔の裏に、何が隠れているのか。
 その目が、本当に誰かを見ているのか。
 それを……確かめたくなった。