仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

廊下には、スタジオ特有の照明の熱と、淡い化粧品の香りが混じっていた。
控室のドアがゆっくり開き、蓮が姿を現す。

「……大地くん?」

すぐに声をかけた優香は、息をのんだ。
彼の瞳は、焦点が合わずに揺れている。
いつもの穏やかさが消え、作り笑いすら浮かばない。

「どうしたの? 何かあった?」

優香はそっと近づき、その横顔をのぞき込む。
蓮はわずかに視線を逸らし、乾いた声で言った。

「……いや……何でもない。大丈夫だから……」

その瞬間――
控室奥、わずかに開いた扉の隙間から、女優・矢野璃子が視線を向けていた。
舞台の上で照明を浴びているかのような、完璧な微笑み。
その奥に、かすかな痛みが滲む。

瞳は問いかけていた。

(――目だけが、あの夜から変わっていない)

蓮はその視線に気づく。
胸の奥が、かすかに軋む。

『泣きたいなら、泣いていい』
指先の震え、肩に触れた温度――
遠いはずの記憶が、静かに呼び戻される。

「……っ……」

額を押さえる蓮に、優香が手を伸ばす。

「大地くん、顔色……」

優香のまなざしはあたたかい。
だけど今は、かすかな不安も混じっている。

(さっきの人……ただの共演じゃない……?)
(でも聞いたら……壊れてしまいそうで)

優香は袖をそっとつまむ。

「……何かあったなら、私に話してね。私、大地くんの味方だから」

その一言に、蓮の胸が締めつけられる。

(味方……?
 もし“俺じゃない俺”だったとしても?)

その時、控室のドアが静かに開き、璃子が姿を現した。

すれ違いざま、彼女は蓮に視線を投げる。
微笑んだまま、奥に確かな強い光を宿して。

(……逃がさない。私は、あの人を取り戻す)

ヒールの音が廊下へと消えていく。

蓮は言葉を失ったまま、その背中を見送った。
優香は、そのざわめきの正体を掴めずに、ただ寄り添うことしかできなかった。

──新しい一日の始まりを前に、
見えない影が確かに三人の心に落ちていた。