仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 昼下がりのスタジオ。
 廊下を行き交うスタッフの足音や、機材を調整する金属音が、一定のリズムで混ざり合っている。

 その奥。
 明るい控室のドアが、静かにノックされた。

「こちらでお待ちください」

 担当マネージャーに案内され、女優・矢野璃子が一歩中へ踏み入れる。

 ライトが反射する鏡台。
 漂うヘアスプレーの香り。
 そして――

 ソファで台本を閉じたばかりの、宅麻大地の姿が目に入った。

 柔らかいブラウンの髪がライトを受け、静かに光を返す。
 ふとした指先の動きさえ無駄がない。

 璃子の足が止まった。

(……え?)

 呼吸が浅くなる。
 胸の奥に、古い傷跡のような熱が立ち上がる。

(……似てる……黒瀬蓮に。消えたはずの、あの人に……)

 けれど確かに違う。
 蓮はもっと粗削りで、真っ直ぐで、目を逸らさない人だった。

 でも――
 今、目の前の男の奥に宿る光は、紛れもなく“あの頃”と同じだった。

(目だけが……嘘をつけてない)

「宅麻さん、こちらが今回の相手役の矢野璃子さんです」

 スタッフの声に、大地が静かに立ち上がる。

「初めまして。宅麻大地です。ご一緒できて光栄です」

 その声を聞いた瞬間、璃子の心臓が跳ねた。

(……声まで……似てる)

 完璧に整えられた、優等生の微笑み。
 丁寧で、隙のない所作。
 その“完璧さ”こそが、逆に不自然だった。

「……初めまして。矢野璃子です。よろしくお願いします」

 璃子は微笑みを保ったまま、そっと手を差し出す。
 指先が、かすかに震えていた。

 握手を交わした、その一瞬。
 ふたりの視線が真正面で交わる。

(違うって、言ってよ。
 でも……あなたの目だけが、覚えてる。蓮を――)

 璃子は笑みを崩さず、胸の奥でそっと息を吐く。
 指先に残るぬくもりと、言葉にならないざわめきを抱えながら。

 控室の空気が、静かに張り詰めていく。

 運命の再会は、ここから始まった。