仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

スタジオ前に車が停まると、優香が助手席の蓮にやわらかく声をかけた。

「着いたよ、大地くん。ちょうどいい時間。……行けそう?」

明るめのブラウンの髪を指先で軽く整えながら、蓮はふっと息をついた。

「……ああ。大丈夫だよ」

その返事には、微かな緊張が混じっていた。
優香はすぐに気づく。
(……やっぱり、蓮くんはいつも自分に厳しい)

「無理しなくていいからね。私、ずっとそばにいるから」

その言葉に、蓮は小さく笑みを浮かべた。
昨夜、優しく触れ合ったぬくもりが胸に残っている。
その笑顔は確かに、あの夜のやわらかさを思わせていた。


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スタジオに足を踏み入れた瞬間、早朝特有の熱気と緊張感が押し寄せる。
照明スタッフ、カメラマン、メイク担当が慌ただしく動き、撮影の準備が着々と進んでいた。

「宅麻さん、おはようございます!」
「今日はよろしくお願いします!」

スタッフの明るい声に、蓮は自然な笑みで応える。

「おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

その声が少しずつ、周囲の空気に溶け込んでいく。
優香は彼のすぐそばを歩き、衣装チェックリストを手にスタッフと打ち合わせを始めた。

「髪はこのままでOKですね。衣装は2パターン、午前はこちらをお願いします」
「はい、了解です!」

そのやり取りの間、蓮はメイクチェアに座り、鏡の中の自分をじっと見つめていた。

(……こんなふうに自然に笑えてるの、いつぶりだろう)
鏡の向こうに映る自分が、少しだけ他人のように見えた。

髪にブラシが通る感触。遠くで響くスタッフの声。
全部が、現実のようでいて、どこか夢の中のようでもある。

(……昨日、優香と過ごしたあの夜――)
胸の奥に、ふっとあたたかな灯がともる。
けれどその隙間から、別の影がそっと顔を覗かせる。

(……なんだ、この感覚。今ここにいるのに――遠い記憶の匂いがする)


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「宅麻さん、準備できました。お願いします!」

アシスタントの声が飛び、蓮はゆっくりと立ち上がった。
すぐそばにいた優香が近づき、衣装の袖を直しながら小さく囁く。

「大丈夫。昨日のあの笑顔でいけば、きっといい撮影になるよ」

「……ああ」

その言葉に背中を押されるように、蓮はひとつ深く息を吸い込んだ。

(……そうだ。今は目の前のことに向き合う。それが、俺にできることだ)

カメラが回り始める。
明るいライトが彼を照らし、その笑顔をスクリーンに焼きつけていく。

その表情の奥に、まだ誰にも見せていない小さなざわめきが潜んでいる。
けれど今は――ただ、光の中で笑っていた。