仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

分厚いカーテン越しに、夜の街の光が細く射している。
時計の秒針の音だけが、やけに鮮明に響いていた。

「――最近のお前、現場で様子が変だと報告があった。何か、俺に言うことは?」

低く鋭い声が、デスク越しに飛んでくる。
蓮と優香は並んで立っていたが、以前のような怯えた様子はなかった。

優香はまっすぐ前を見据え、静かに口を開く。
「……確かに、少し気持ちが乱れていました」
そう言って、深く頭を下げた。
「でも、それでも……私は、今の大地くんを信じています」

「――マネージャー、君に聞いてるんじゃない」

三島の視線が一瞬だけ蓮を射抜く。だがすぐに、また優香へ向き直った。

「……失礼だが、この先は業務の範囲を超える話になる。少し外で待っていてくれるか?」

優香は一瞬、戸惑いを浮かべる。
けれど蓮がそっと頷くのを見て、無言のまま頭を下げた。
ドアが閉まり、部屋に重たい静けさが落ちる。

残されたのは、三島と蓮、二人きり。
三島はゆっくり椅子を回し、立ち上がった。
笑みを浮かべている口元とは裏腹に、その瞳は鋭く冷たかった。

「……さて、ここからが本題だ」
低く落ちる声が空気を切る。
「“宅麻大地”――お前は、今の立場をどう考えている?」

蓮は目を伏せ、そっと拳を握る。
胸の奥が熱く、そしてじわりと痛んだ。

(……ここで黙っていれば、俺はまた檻の中に戻る。
 光の当たらない場所で、誰かの理想を演じ続けるだけだ。
 でも……もう違う。優香が見てくれたのは、“俺”そのものだった)

三島が一歩、ゆっくりと距離を詰める。
その足音が、床に重たく響く。

「いいか。お前がここまで来れたのは、俺が手を貸したからだ。
 “宅麻大地”という名がなければ、お前なんて誰も見向きもしない」

冷たい言葉が、胸の奥をえぐるように刺さる。
それでも蓮は、ゆっくりと顔を上げた。

「……俺は、逃げません。
 でも……もう、“宅麻大地”って名前だけで生きたくはない」

三島の瞳が細くなり、部屋の空気がさらに冷え込む。

「……ほう。口が立つようになったな。
 だが覚えておけ。その名前を捨てた瞬間、お前の居場所はどこにもなくなる。
 お前を待つのは、また“何者でもなかった”日々だ」

喉がひりつく。それでも蓮は、目をそらさない。

(怖い……けど、それでも)
(優香が見てくれた俺を、俺自身が否定したら、全部が終わってしまう)

「それでも……俺は、“俺”として立ちます。
 もう、誰かが作った名前に縛られたくない」

一瞬だけ、三島の眉が動いた。
その奥で、何かが揺れた気がした。だがすぐに、口元の笑みが深まる。

「……いいだろう。好きに言わせてやる。
 だが忘れるな。俺が手を離せば、お前の居場所なんて、たった一晩で消える。
 そこの“優しいマネージャー”ごと、な」

その言葉に、蓮の胸が鋭く締めつけられる。
それでも――背筋をまっすぐにした。

「……忘れません。
 でも、それでも……俺は、自分の意志で立ちます」

三島の目が、一瞬だけ何かを捉えたように細められる。
二人の間に、張り詰めた沈黙が落ちた。
時計の秒針だけが、静かにその瞬間を刻んでいた。