仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 夜の波音が、ふたりの間をやわらかく満たしていた。
 遠くににじむ街の灯りが、潮風に揺れて、星のように瞬いている。

「……蓮くん」
 優香の声が、夜の静寂にそっと溶けた。
 その響きに、蓮はふと顔を上げ、わずかに目を細める。

「……“蓮”って呼ばれるの、まだ慣れないな」
 その声は、どこか照れくさそうだった。

 優香は小さく笑みを浮かべ、視線を夜空へと向けた。
「でも……ふたりきりのときは、そう呼んでいいって言ってくれたでしょ?」

 蓮はゆっくりと頷いた。
 その頬を、潮風がやさしくなでていく。

「……ああ。でも……なんか、あったかいなって思った」
 その言葉に、優香は目を見開き、少しだけ表情を和らげる。
 胸の奥に、静かな熱が灯るのを感じた。

 蓮は立ち上がり、夜風に髪を揺らしながら一歩を踏み出す。
 その目が、まっすぐ優香を見つめていた。

「なあ、優香。今日くらい……俺に、ちゃんと“男の顔”をさせてくれよ」
 その声には、もう迷いも遠慮もなかった。
 夜の光が、その瞳に確かな決意を宿している。

「ずっと……あんたに触れたかった。
 怖かったんだ。バレたら、全部壊れる気がして……けど、もう我慢できない」

 そう言って、蓮は優香の腕を迷いなく引き寄せる。
 優香の身体が小さく跳ね、そのまま彼の胸元におさまった。
 ふたりの距離が、もうどこにも逃げ場のないほど近づいていく。

「蓮……くん……?」
 優香が震える声で名を呼ぶ。

 蓮はそっと耳元でささやいた。
「俺……ちゃんと自分で決めるよ。
 “大地”でも、あんたが勝手に決めた“蓮”でもない。
 だから――俺が、俺として、あんたを好きだって」

 その言葉は、夜風よりも熱く、まっすぐだった。

 そして、彼は優香の顔をそっと引き寄せる。
 ためらわず――唇を重ねた。

 夜の海と波音の中で交わされたそれは、
 どこまでもつたなく、けれど真っすぐな、初めてのキスだった。