仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 静かな夜の海。
 遠くの街の灯りがにじみ、波の音がやさしく心を撫でていく。
 砂浜の上で、ふたりは並んで座っていた。

「……風、気持ちいいね」
 優香がぽつりと言う。
 蓮は夜空を見上げ、小さく頷いた。

「うん……こんな時間、知らなかった」

「こんな時間?」

「誰かと、何も考えずに、ただ座っていられるような……
 そんな時間があるなんて、思わなかった」

 優香はそっと微笑み、彼の隣に少しだけ寄り添った。
 肌がふれる距離。でも、まだ触れない。

「……じゃあ、大地くんにとって、今日は“はじめての夜”だね」

 蓮はゆっくりと目を閉じ、夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。

「……なんでだろ。今……すごく、生きてるって感じがする」

 沈黙が流れる。
 けれど、その沈黙さえも心地よくて、優香はそっと目を伏せた。

 ――気づけば、蓮の手が彼女の手に重なっていた。
 おそるおそる、けれど確かに、そこにあるぬくもりを伝えてくる。

「……ありがとう、優香」
 その声は、とても静かで、でも確かな響きを持っていた。

 優香は彼の手を包み込みながら、心の奥に浮かぶ想いをそっと抱きしめる。

(……今の彼は、“宅麻大地”じゃなくて――本当の彼自身がここにいる)
(もしそれが幻だとしても、私はもう、後戻りできない)

 波の音だけが、ふたりの時間を、静かに、やさしく刻んでいた。