仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 夜はすでに深く、外の街はとうに眠りについていた。
 部屋の空気はひっそりと静まり返り、
 カーテン越しの月明かりが、ソファの上に淡い影を落としていた。

 そこで眠っていた蓮の体が、わずかに動く。
 眉間にしわが寄り、閉じたまぶたの奥で、何かを拒むように唇が微かに震えていた。

「……やめて……っ……ぼくは……ぼくは、大地……」

 かすれたうめき声が、室内の静寂をかすかにひび割らせる。

 次の瞬間、蓮の身体がびくりと跳ねた。

「……違う……やだ……おれは……俺は……っ」

 その声に、優香ははっと目を覚ました。
 胸が高鳴る音だけが、暗い部屋に響く。
 ソファに駆け寄り、そっと彼の肩に触れた。

「大地くん……! どうしたの……? 夢、見てるの?」

 額には冷や汗がにじみ、肩がかすかに震えている。
 宙をさまよう手は、まるで何かを振り払おうとするようだった。

「……三島さん……やめて……もう、やだ……俺……大地じゃない……っ」

 その言葉に、優香の呼吸がふっと止まる。
 胸の奥に、ひやりとした痛みが広がった。

(……夢の中で、あなたは誰と、何と戦ってるの?)

 彼の指先を包み込むように、そっと手を握る。
 少しでも安らぎが届くようにと願いを込めて。

「……大地くん。大丈夫だよ。ここにいるよ……私は、ここにいるから」

 やさしく語りかける声に応えるように、蓮の呼吸が少しずつ落ち着いていく。
 強張っていた肩から、ゆっくりと力が抜けていくのが伝わった。

 やがて彼は、再び静かな眠りへと戻っていく。

 優香はそっと息を吐き、彼の髪を撫でた。
 その手はわずかに震えていたけれど、そっとその温もりを預けるように――。

「……大地くん……いや……蓮くん。
 あなたは、どんな思いを抱えて生きてきたの……?」

 窓の外に浮かぶ月が、ふたりを淡く照らす。
 優香は彼の寝顔を見つめたまま、夜の静けさの中で、そっとその名を呼んだ。

 月光が二人の間を流れていく。

 ――その夜、優香はもう、眠ることができなかった。