仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 都内のスタジオに戻った楽屋は、ロケの喧騒を抜けた後の静けさに包まれていた。
 照明はすでに落とされ、カーテンの隙間から洩れる外のネオンが室内に淡い影を落としている。
 撮影で使われた衣装や布の匂いがまだ空気に残り、ほんのわずかに湿気を帯びた静寂が漂っていた。

 蓮――いや、“宅麻大地”は、ひとりで着替えをしていた。
 シャツのボタンを外す手つきはどこか荒っぽく、脱ぎ捨てられたジャケットが無造作に椅子の背に引っかけられる。

「お疲れさまでした。今日の現場、よかったですよ」

 優香がそっと声をかける。
 蓮はちらりと一瞥をよこしたが、その視線はすぐに逸れた。

「……ふーん」

 低く短いその一言。
 表情には何の感情も浮かんでいないように見えたけれど、何かを抱えたまま押し殺しているようにも見えた。

(……また、この空気)

 最近、こうした刺々しい態度が増えている。
 怒っているわけでもない。けれど、何かを――必死に隠しているようだった。

(大地くん……いま、何と戦ってるの?)

 優香は胸元のスケジュール帳を開き、声を整え直す。

「明日は朝から収録が――」

「……うるさい」

 ぴしゃりと切り捨てるような声が飛ぶ。
 優香は驚いて顔を上げた。
 蓮は、まっすぐに彼女を見つめていた。その目には、冷たさと――どこか、試すような光が宿っている。

「……お前さ、俺がわざとやってるって、分かってんだろ?」

「……え……?」

「今日、わざと遅れていった。三島に怒らせて、お前のせいにしたかったんだよ。
 ――俺がどこまでやったら、あんたは俺を見捨てるのか、知りたくてさ」

 その言葉は、優香の胸に深く突き刺さった。
 わかっていた。けれど、こうして言われると、痛みは違った。

「……なんで、そんなこと……?」

 蓮は一歩、近づく。
 その目を逸らさず、静かに言い放った。

「なぁ、岡崎さん。あんた、いつまで“いい子ちゃん”やってるつもりなんだよ?
 三島の前じゃヘコヘコして、俺のことも何も言わない。
 それって結局――自分が嫌われたくないだけじゃねーの?」

(違う……違うのに……でも、言わなきゃ届かない)

 優香は唇をきゅっと結び、俯いたまま胸の奥に言葉を探す。
 やがて、小さな声で、けれどはっきりと答えた。

「……違うよ」

 その声はかすかに震えていたが、瞳はまっすぐ蓮を見ていた。

「私は……誰の味方かって言われたら、あなたの味方でいたいって思った。
 だから、言わなかった。どんなふうに見られてもいいって、そう思えたの」

 蓮の瞳がわずかに揺れる。
 その想いは、彼の胸の中に確かに届いていた。

「……わざと困らせてるの、気づいてたよ。
 でも、私――あなたに嫌われたくなかった」

 沈黙が、ふたりの間に落ちた。
 外のネオンが窓辺で瞬き、薄闇の中で蓮の影を揺らしている。

 やがて、蓮はふっと息を吐き、肩をすくめた。

「……チッ、マジでお人好し」

 吐き捨てるような口調。けれど、その横顔には――ほんのわずかに、張り詰めたものが解けた気配があった。
 指先がジャケットの裾をいじる仕草が、ほんの少しだけやわらかくなる。

 優香は、そんな彼の背中をそっと見つめた。
 まるで、その背が――ほんの少しだけ、自分のほうへ傾いているように見えた。