仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 明るい照明の中、宅麻大地は今日も完璧だった。
 司会者の問いかけに爽やかな笑顔で応じ、共演者と自然に目を合わせて軽やかに会話を返す。
 モニター越しにその姿を見ていた優香の胸には、ほんの少し誇らしい気持ちがあった。
 自分が担当するアイドルが、こうして現場に好かれ、頼られている――それはマネージャーとして、たしかに嬉しいことだった。

「大地くん、ほんと空気読めるなあ。天性のタレントだよ」

 スタッフのひとりが感心したように漏らす声が耳に届く。
 優香は穏やかな微笑みで頷いたが、その瞳にはかすかな翳りがあった。

(……空っぽの笑顔。あの目、誰かに似てる……)

 胸の奥がわずかにざわつく。
 言葉にはならない違和感が、そっと心の奥をかき混ぜていく。



 ――数日後。
 地方ロケ先の控室。今日は自然光を活かしたスチール撮影が予定されていた。

 扉を開けた優香は、明るい声をかけながら足を踏み入れる。

「おはようございます、大地さん。衣装は――」

 その言葉が途中で止まった。

 椅子に深く腰を下ろしたままの蓮――いや、“宅麻大地”は、目も合わせず微動だにしない。
 やや乱れた前髪の隙間からのぞく瞳は、先日までの柔らかなそれとはまるで別人のように鋭く、冷たい光を宿していた。
 指先で机の縁をトントンと叩き、低く舌打ちをする。

「……衣装? 勝手にしてよ。着るだけでしょ」

「……えっ?」

 思わず漏れた優香の声に、近くのスタッフも一瞬息を呑んだ。
 “宅麻大地”は、近づこうとするスタッフにも無反応のまま、誰も寄せつけないような鋭利な空気をまとっている。
 その圧に、控室の空気がピンと張りつめた。

 ふいに彼が顔を上げ、優香と目が合った。
 ――刺すような視線。

 優香はその場に立ち尽くす。
 ほんの一瞬だったのに、胸の奥まで冷たく貫かれたような感覚が走った。

「……大地くん? なにか、あった……?」

 無意識に口をついて出た問いかけ。だが、返事はなかった。
 彼はすぐに視線を外し、黙ったまま窓の外を見つめる。
 控室には、気まずい沈黙だけが残された。

(……誰? 本当に、あの“大地くん”?
 まるで、あの夜の……冷たい瞳のもうひとりの“彼”)

 思い出すのは、あの雨の夜。
 無言で視線をそらした、冷たい横顔。
 優しい声を張りつけた仮面が、ふっと剥がれ落ちた、あの瞬間。

 今、目の前にいる彼の瞳と、あまりにもよく似ている。

(でも、そんなはず……)

 理解が追いつかない。けれど――
 彼を疑いたくない自分が、確かにそこにいた。

(どうして……どうして、こんなに違うの?
 なにか……苦しいことでも、抱えてるの?)

 その問いだけが心の奥でこだまし、
 手にした紙コップのコーヒーの温もりだけが、じんわりと掌に残っていた。