薄明かりの洋室。
雨音は遠く、静寂だけが壁に張りついている。
ソファで眠っていた蓮が、うめくように身をよじった。
重たいまぶたが開き、天井のシャンデリアがぼやけて揺れる。
「……ここ……」
低い声が、乾いた唇からこぼれる。
「起きたか」
低く響く三島の声。
革張りの椅子に腰をかけ、氷の溶けたグラスをゆっくりと回していた。
蓮は上体を起こそうとして、頭を押さえた。
ズキズキと脈打つ痛み。
「……頭が……」
「事故に遭った。覚えてないだろう?」
三島の言葉に、蓮の眉がわずかに動く。
記憶を探るように目を閉じ――そして首を振った。
「……全部……ぼやけて……何も……」
その震えは恐怖か、寒さか。
三島はゆっくりと椅子を立ち、蓮の前に腰を落とした。
視線を合わせ、落ち着いた声で言う。
「大丈夫だ。お前は俺の知り合いで、ここは安全だ」
「……俺は……誰なんだ」
一瞬の沈黙。
グラスの中の氷が、カランと音を立てて崩れる。
「……宅麻大地だ」
三島は穏やかな口調のまま、その名前をつぶやく。
「俺が知っている、お前の名前だ。ステージに立って、人を笑顔にしてきた男だ」
蓮は目を瞬かせる。
信じきれない表情が、戸惑いと不安の中で揺れていた。
「信じられないか?」
「……知らない名前だ」
「だろうな。記憶が戻れば思い出す。俺は――お前を守ってきた」
その言葉は、鎖のように静かに絡みつく。
蓮は何も言わなかった。
ただ、その声の落ち着きと、差し出されたグラスの温かい水に、わずかに緊張を緩めた。
三島はその様子を見逃さなかった。
(時間はかかる……だが、必ず刷り込める)
「安心しろ、大地。お前の居場所は、ここにある」
蓮は返事をしないまま、視線を落とした。
そこに映るのは、ぼやけた自分の輪郭。
――“俺”という存在は、霧の中へと溶けていった。
雨音は遠く、静寂だけが壁に張りついている。
ソファで眠っていた蓮が、うめくように身をよじった。
重たいまぶたが開き、天井のシャンデリアがぼやけて揺れる。
「……ここ……」
低い声が、乾いた唇からこぼれる。
「起きたか」
低く響く三島の声。
革張りの椅子に腰をかけ、氷の溶けたグラスをゆっくりと回していた。
蓮は上体を起こそうとして、頭を押さえた。
ズキズキと脈打つ痛み。
「……頭が……」
「事故に遭った。覚えてないだろう?」
三島の言葉に、蓮の眉がわずかに動く。
記憶を探るように目を閉じ――そして首を振った。
「……全部……ぼやけて……何も……」
その震えは恐怖か、寒さか。
三島はゆっくりと椅子を立ち、蓮の前に腰を落とした。
視線を合わせ、落ち着いた声で言う。
「大丈夫だ。お前は俺の知り合いで、ここは安全だ」
「……俺は……誰なんだ」
一瞬の沈黙。
グラスの中の氷が、カランと音を立てて崩れる。
「……宅麻大地だ」
三島は穏やかな口調のまま、その名前をつぶやく。
「俺が知っている、お前の名前だ。ステージに立って、人を笑顔にしてきた男だ」
蓮は目を瞬かせる。
信じきれない表情が、戸惑いと不安の中で揺れていた。
「信じられないか?」
「……知らない名前だ」
「だろうな。記憶が戻れば思い出す。俺は――お前を守ってきた」
その言葉は、鎖のように静かに絡みつく。
蓮は何も言わなかった。
ただ、その声の落ち着きと、差し出されたグラスの温かい水に、わずかに緊張を緩めた。
三島はその様子を見逃さなかった。
(時間はかかる……だが、必ず刷り込める)
「安心しろ、大地。お前の居場所は、ここにある」
蓮は返事をしないまま、視線を落とした。
そこに映るのは、ぼやけた自分の輪郭。
――“俺”という存在は、霧の中へと溶けていった。


