仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 朝の撮影現場。
 都内スタジオビルの裏手、搬入口前。
 ケーブルや機材ケースが雑然と積まれ、スタッフの呼び声と車のエンジン音が入り混じる慌ただしさの中、優香は一人、スマートフォンを握りしめていた。

 ――今日は現地集合。
 スタッフ送迎の都合で、大地だけ別ルートでの現場入りとなっていた。

 だが――
(……まだ来ない)

 呼び出し時間を三十分も過ぎていた。
 画面には何度もかけた着信履歴。返信もない。

 そんな中、金属音とともに重たい鉄扉が開き、鋭い足音が近づいてくる。
 黒のジャケットを羽織った三島が、冷たい表情のまま優香の前に立った。

「――岡崎。お前、どういう管理してる?」

 低い声に、周囲のスタッフたちの視線が集まる。
 優香は咄嗟に頭を下げた。

「……申し訳ありません。すぐに連絡はしていて――」

「連絡? 呼び出し時間を守らせるのがマネージャーの仕事だろうが」

 その言葉に、現場の空気がピリリと凍る。

 優香はうつむいたまま、かすかに唇を噛みしめる。

「……申し訳ありません」

 頭を下げたその瞬間――
 奥の通路から、ゆっくりとした足音が響いてきた。

「おはようございます~。いやぁ、道が混んでてさ」

 陽ざしの中、白シャツの襟をラフに立て、笑みを浮かべながら現れたのは――宅麻大地。
 その笑顔は完璧で、眩しいほどに作られていた。

 けれど、優香にはわかった。
 その笑顔の奥に、ごくわずかに――挑発するような光が滲んでいたことを。

 三島は腕を組み、険しい視線を向けた。

「道が混んでた? 言い訳は聞きたくない。次はないと思え」

「はいはい、すみませんね」

 蓮は軽い調子で答えたが、ちらりと優香に視線を向ける。
 深く頭を下げている彼女の姿を見たとき、眉がほんのわずかだけ動いた。

(……やりすぎた、かもな)

 その思いが胸をよぎったのも束の間、また“宅麻大地”の仮面が貼りつく。

「じゃ、着替えてきますね」

 スタッフに案内されて歩いていく背中は、理想のアイドルそのものだった。

 優香は、しばらく頭を下げたまま動けなかった。
 顔を上げたとき、彼の姿はもう視界にはなく――

(……わざと、なの? 本当に……)

 胸の奥に、小さな痛みが滲む。
 悔しさとも、悲しさともつかない感情が、喉の奥でつかえていた。

 ぽつりと、誰にも聞こえないように、唇が呟く。

「……ほんと、子どもみたいな人」