仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 昼下がりの空気が、静かに葉を揺らしていた。
 ロケバスが停まる小さな公園。
 木漏れ日がベンチを斑に照らし、足元に踊る影がゆるやかに形を変えていく。

 撮影の合間、蓮と優香は並んでベンチに座っていた。
 スタッフたちは少し離れた場所で機材を調整しており、この小さな空間にはふたりだけの静けさが漂っている。

「はい、サンドイッチ。少しは食べてくださいね」

 優香が紙袋から差し出すと、蓮は一瞬だけ視線を上げ、小さく肩をすくめた。

「……気が利くな」

 受け取ったサンドイッチの包みを開けながら、蓮は何気なく前を向いたまま言った。
 その横顔を、優香はそっと盗み見る。

 昨夜――夜のロケバスで交わした会話が、まだ胸の奥に残っていた。
 あのとき感じた“揺れ”の正体を、昼の光が確かめているようだった。

「昨日の話、覚えてます? バスの中で……私、変なこと言っちゃったなって」

 優香がそう切り出すと、蓮の手がほんのわずかに止まった。
 包み紙を整える仕草で、その間をさりげなく隠す。

「別に。気にしてない」

 短い返事。
 けれど、その声にはかすかな緊張が混じっていた。

「……でもね、昨日見た大地くんの目が、忘れられなくて。
 すごく遠くを見てるみたいで――ちょっとだけ、寂しそうに見えたんです」

 優香は空を見上げる。
 葉の間から差し込む陽光が、彼女の髪にやわらかな色を添えていた。

 蓮は視線を逸らし、サンドイッチを口に運ぶ。
 笑みをつくろうとしたが、唇の端がわずかに震えている。

「……気のせいだよ。オレ、ただ少し疲れてるだけだよ」

 軽く返す声。
 しかし優香はその奥に、昨夜と同じ“影”が潜んでいるのを感じ取った。

「そうかな……。もし、何か話したくなったら、私でよければ聞きますから」

 優香はそれ以上追及しなかった。
 ただ穏やかに笑って、サンドイッチの包みをもう一つ自分の膝に置く。

 その隣で、蓮の胸の奥にざわめきが生まれていた。

 ――昨日の言葉が、まだ響いている。
 誰にも知られてはいけない自分が、確かに揺れ動いていた。

 蓮は無理に話題を切り替えようと別の言葉を口にする。
 けれど、陽光を受けた瞳の奥には、一瞬だけ――沈んだ影が確かに潜んでいた。