仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

 ロケ帰りの夜、スタッフたちを乗せたバスは、ゆるやかに都心の道路を滑っていた。
 車内の照明は落とされ、窓の外では街の光が静かに後ろへ流れていく。
 走行音とエアコンの微かな風の音だけが、静かな空間を満たしていた。

 優香は助手席の後ろに座り、窓に映る自分の顔をぼんやりと眺めていた。
 その隣――“宅麻大地”が、ヘッドホンを外して腕を組み、穏やかな表情のまま遠くを見ている。

 けれどその穏やかさは、何かを押し隠すような静けさだった。

「……大地くんってさ、誰かに似てるって言われたことない?」

 喉元でためらっていた言葉が、ふと口からこぼれた。
 その瞬間、蓮の肩がわずかに動いた。表情は変わらない。
 けれど、握っていたペットボトルが小さく軋んだ。

「……さあ。興味ねぇし。
 つーか、有名人に似てるとか、よくあるだろ?」

 乾いた笑いが返る。
 優香は前を向いたまま、静かな声で続けた。

「うん……そうなんだけど、なんか、こう……顔だけじゃなくて、雰囲気とか……」

「は?」

 ちらりと向けられた横目。
 その瞳は、車窓から差し込んだ街灯の光にかすかに縁取られていた。

「……時々、目がすごく遠くを見るみたいで。
 大地くんって、完璧すぎるのに、なんだか――寂しそうなんだよね」

 言った瞬間、車内の空気が少しだけ揺れた。

 蓮は何も返さなかった。
 代わりに、膝の上の手がゆっくりと拳を握りしめる。シートの革がかすかに鳴った。

「……ごめん、変なこと言ったね」

「……別に」

 その短い返事は、感情を隠すためのものだった。

 目を閉じた彼の横顔に、優香はそっと視線を落とす。
 だがその肩には、仮面を抱えたままの緊張が、確かに残っていた。

 バスは夜道を進む。
 誰にも言えない仮面と、そっと寄り添おうとする気持ちが、沈黙の中に静かに滲んでいく。

 ――そして、夜が明ける。
 次のロケ地で、ふたりはまた別の顔を見せることになる。