楽屋のドアが閉まり、優香の足音が遠ざかると、静寂が降りた。
化粧台のライトが白い光を投げ、鏡の中に“宅麻大地”が映っている。
完璧な笑顔――わずかな綻びもない理想のアイドル。

けれど、その瞳の奥には、自分でも気づかぬざわめきが残っていた。

(……さっきの通路で、見られた顔が……頭から離れない)

舞台裏の薄暗い通路。
汗に濡れた額、壁にもたれて崩れたあの瞬間。
優香が黙って立っていたあの光景が、鏡の奥にかすかに重なる。

「……目、変なふうに見えてたかもな」

ぽつりとこぼれた言葉に、自分で苦笑が漏れる。
深く息を吐き、髪をかき上げながらもう一度鏡を見た。

「……バレてるのか? そんなわけない……」

自分に言い聞かせるように呟く。
“宅麻大地”を演じ続けている限り、誰にも見抜けるはずがない。
そう思おうとしても、優香の視線が胸の奥に引っかかっていた。

「……あいつ、他のやつと違う」

言葉にした途端、心臓がひやりとする。
無理に踏み込んでくるわけじゃない。
けれど、あのとき――本当の自分を覗き込もうとしていた。
そんな目を、していた。

「……鬱陶しい、はずなのに……」

唇がわずかに震える。
冷たさと温もりが入り混じる胸の奥で、ざらりと何かが軋む。

「……クソ……やっぱ、どこかでズレてんのか、俺……」

誰もいない楽屋に、かすかなため息が落ちる。
仮面を外すわけにはいかない。
だが――あの目がまた奥まで覗き込んできたとき、
胸の奥で、小さく、けれど確かに、何かがざわめいた。
そのざわめきが、仮面をほんのわずかに揺らしていく。