ステージの照明が落ちても、肌にはまだ熱がじんわりと残っていた。
観客の歓声は遠くでくすぶるように響き、舞台袖ではスタッフたちの声が飛び交う。
次の段取りを確認する気配が、落ち着かない空気を運んでいる。
そのざわめきから一歩だけ外れた通路の暗がりで、
宅麻大地――いや、仮面を外した蓮が、壁にもたれて静かに息をついていた。
額にはスポットライトの熱がまだ残り、汗が静かに流れていく。
手の甲でそれを拭おうとしたが、途中で指先から力が抜け、手がだらりと下がった。
呼吸は浅く、胸が上下するたびシャツの布がかすかに揺れる。
(……また、あの顔だ)
心の奥で、誰にも届かない声がひとつ、こぼれる。
ステージで投げた笑顔、完璧な台詞回し、ファンに手を振る所作――
すべてが“宅麻大地”としての完璧なパフォーマンス。
けれどそこには、「自分」はどこにもいなかった。
(……俺は、いったい誰なんだ)
唇を噛み締める。かすかに血の味が広がった。
壁に押しつけた肩がじわじわと力を失っていく。
崩れ落ちそうになりながらも、蓮は立っていた。
そのとき、幕の向こうから足音が近づく。
思わず顔を上げると、そこにいたのは――優香だった。
照明の残光が、彼女の髪をやわらかく縁取る。
優香は何も言わず、ただ蓮を見つめていた。
蓮は一瞬、表情を作ることを忘れていた。
目の奥に、苦しさと迷い――本来なら見せるはずのない“素顔”が、かすかにのぞいている。
(……見られたくないのに。どうして、この人の前では……)
胸の奥がざらりと軋む。
それでも、視線をそらすことはできなかった。
優香は喉が詰まり、声を失った。
さっきまで堂々とステージに立っていた人と同じとは思えない表情。
(……この顔、誰も知らないよね……)
言葉をかければ、きっと彼をさらに追い詰めてしまう。
だから、ただ見守ることしかできなかった。
やがて、蓮は視線を伏せ、ゆっくりと壁から離れる。
まるで何事もなかったかのように、静かに歩き出した。
通路を抜けるその瞬間、彼はほんのわずかに肩越しに振り返る。
唇がかすかに動いたが、声にはならない。
その口元を見た優香の胸に、ひとすじの痛みが走った。
(……本当の“あなた”が、そこにいるのに)
蓮の背中が、舞台袖の闇へと静かに溶けていく。
その姿が見えなくなるまで、優香はただ、じっと立ち尽くしていた。
観客の歓声は遠くでくすぶるように響き、舞台袖ではスタッフたちの声が飛び交う。
次の段取りを確認する気配が、落ち着かない空気を運んでいる。
そのざわめきから一歩だけ外れた通路の暗がりで、
宅麻大地――いや、仮面を外した蓮が、壁にもたれて静かに息をついていた。
額にはスポットライトの熱がまだ残り、汗が静かに流れていく。
手の甲でそれを拭おうとしたが、途中で指先から力が抜け、手がだらりと下がった。
呼吸は浅く、胸が上下するたびシャツの布がかすかに揺れる。
(……また、あの顔だ)
心の奥で、誰にも届かない声がひとつ、こぼれる。
ステージで投げた笑顔、完璧な台詞回し、ファンに手を振る所作――
すべてが“宅麻大地”としての完璧なパフォーマンス。
けれどそこには、「自分」はどこにもいなかった。
(……俺は、いったい誰なんだ)
唇を噛み締める。かすかに血の味が広がった。
壁に押しつけた肩がじわじわと力を失っていく。
崩れ落ちそうになりながらも、蓮は立っていた。
そのとき、幕の向こうから足音が近づく。
思わず顔を上げると、そこにいたのは――優香だった。
照明の残光が、彼女の髪をやわらかく縁取る。
優香は何も言わず、ただ蓮を見つめていた。
蓮は一瞬、表情を作ることを忘れていた。
目の奥に、苦しさと迷い――本来なら見せるはずのない“素顔”が、かすかにのぞいている。
(……見られたくないのに。どうして、この人の前では……)
胸の奥がざらりと軋む。
それでも、視線をそらすことはできなかった。
優香は喉が詰まり、声を失った。
さっきまで堂々とステージに立っていた人と同じとは思えない表情。
(……この顔、誰も知らないよね……)
言葉をかければ、きっと彼をさらに追い詰めてしまう。
だから、ただ見守ることしかできなかった。
やがて、蓮は視線を伏せ、ゆっくりと壁から離れる。
まるで何事もなかったかのように、静かに歩き出した。
通路を抜けるその瞬間、彼はほんのわずかに肩越しに振り返る。
唇がかすかに動いたが、声にはならない。
その口元を見た優香の胸に、ひとすじの痛みが走った。
(……本当の“あなた”が、そこにいるのに)
蓮の背中が、舞台袖の闇へと静かに溶けていく。
その姿が見えなくなるまで、優香はただ、じっと立ち尽くしていた。


