稽古場の扉を閉めると、夜の廊下はひんやりと静まり返っていた。
優香と別れたあと、大地は無意識に背筋を伸ばして歩く。
蛍光灯の白い光が床に硬質な影を落とし、靴音だけが響いた。
その静寂を破るように、背後から低い声がする。
「――さっきの控室で、随分と打ち解けてたな」
足が止まった。振り返ると、三島が立っていた。
黒いスーツの襟を整え、じっと大地を見据える瞳には、昼間の穏やかさは一切ない。
廊下の光が冷たい色を宿していた。
「……余計なことは言ってないな?」
短い問いかけに、心臓がひやりと跳ねる。
大地は視線を落とし、かすかに首を振った。
「……はい。言ってません」
三島はゆっくり歩み寄り、壁際に片手をついて大地を見下ろした。
「いいか、大地。あの女は“マネージャー”だ。お前の内側に踏み込ませる必要はない。
お前はただ――完璧な宅麻大地を見せていればいい。余計な顔を見せるな」
冷たい声が胸を締めつける。だが次の瞬間、口元が緩んだ。
「……でも、今日の笑顔は悪くなかった」
まるで別人のように柔らかな響き。
「君の笑顔で、あの子も安心したんだろう。……その調子でいけ。もっと、完璧に」
褒められたはずなのに、背筋に冷たいものが走る。
(……俺は、叱られてるのか。認められてるのか……)
混乱で頭がじわりと熱を帯びる。
「わかりました……もっと、やります」
絞り出すような声に、三島は小さく頷いた。
「いい子だ。
――忘れるな。君は宅麻大地だ。それ以外、必要ない」
その言葉を残し、三島は踵を返して去っていく。
大地は廊下の真ん中に立ち尽くした。
蛍光灯の光がやけに眩しく、足元に伸びた自分の影だけが、ひどく薄く見えた。
(……俺は……どこまで行けばいいんだろう)
胸の奥で漏らした声は、誰にも届かず、廊下の奥へと吸い込まれていった。
優香と別れたあと、大地は無意識に背筋を伸ばして歩く。
蛍光灯の白い光が床に硬質な影を落とし、靴音だけが響いた。
その静寂を破るように、背後から低い声がする。
「――さっきの控室で、随分と打ち解けてたな」
足が止まった。振り返ると、三島が立っていた。
黒いスーツの襟を整え、じっと大地を見据える瞳には、昼間の穏やかさは一切ない。
廊下の光が冷たい色を宿していた。
「……余計なことは言ってないな?」
短い問いかけに、心臓がひやりと跳ねる。
大地は視線を落とし、かすかに首を振った。
「……はい。言ってません」
三島はゆっくり歩み寄り、壁際に片手をついて大地を見下ろした。
「いいか、大地。あの女は“マネージャー”だ。お前の内側に踏み込ませる必要はない。
お前はただ――完璧な宅麻大地を見せていればいい。余計な顔を見せるな」
冷たい声が胸を締めつける。だが次の瞬間、口元が緩んだ。
「……でも、今日の笑顔は悪くなかった」
まるで別人のように柔らかな響き。
「君の笑顔で、あの子も安心したんだろう。……その調子でいけ。もっと、完璧に」
褒められたはずなのに、背筋に冷たいものが走る。
(……俺は、叱られてるのか。認められてるのか……)
混乱で頭がじわりと熱を帯びる。
「わかりました……もっと、やります」
絞り出すような声に、三島は小さく頷いた。
「いい子だ。
――忘れるな。君は宅麻大地だ。それ以外、必要ない」
その言葉を残し、三島は踵を返して去っていく。
大地は廊下の真ん中に立ち尽くした。
蛍光灯の光がやけに眩しく、足元に伸びた自分の影だけが、ひどく薄く見えた。
(……俺は……どこまで行けばいいんだろう)
胸の奥で漏らした声は、誰にも届かず、廊下の奥へと吸い込まれていった。


