通達書を握りしめたまま、璃子は会議室のドアを出た。
 ガラス張りの廊下には、夕陽が斜めから差し込み、オレンジ色の光が床に長く伸びている。
 その光に照らされて、彼女の握る紙の端がかすかに震えていた。

 黒いスーツの袖口に、会議室でかいた汗が冷たく張りつく。
 細い肩が上下し、浅い呼吸を繰り返す。足元がふらつき、ハイヒールの音がタイルにかすれた。

 喉の奥が熱く、言葉にならないものがこみ上げる。
「……どうして……」
 ぽつりと漏れた声は、誰にも届かない。

 スタッフたちが何気なく通り過ぎていく中、璃子はひとり無言で立ち尽くしていた。

(私は……何を間違えたんだろう)

 浮かんでくるのは、蓮の表情、声、沈黙。
 思い出そうとすればするほど、胸の奥がチリチリと痛む。最後に交わした言葉さえ、霞のように掴めない。

(私が――守れなかったの?)

 答えはどこにもない。
 けれど、すべてが“彼を失った自分のせい”だと突きつけられた気がして、手が震える。
 握りしめた通達書が小さな音を立てた。

(……蓮。あなたは、どうして……)

 問いかけても、返ってくる声はない。
 沈みゆく夕陽に染まる廊下の片隅で、璃子は取り残された影のように立ち尽くしていた。