「……さん、燕さん……。どうしました?」
はたと気づいたら、目の前に峯岸何某がいた。ここが南青山にあるレストランであることを思い出して、ゆるんだ顔を引き締める。
「あ、すみません。ちょっとぼうっとしちゃって」と謝ると、「いえいえ、お疲れですよね。仕事帰りですし」と、勇者らしく白い歯を剥き出しにして労いの言葉を口にする。
「峯岸さんの方がお疲れじゃないですか? 大阪出張帰りですよね」
先ほど峯岸からいただいた大阪出張のお土産、たこ焼きサブレが入った紙袋へと視線を向ける。あれから一月に2回ほど食事をする機会を設けていた。
「結婚前提という言葉はきっと重いでしょうから、お互いにいい関係でいられたらと思うんですが、どうでしょうかこれからもこうして会っていただけませんか」
峯岸はこの付き合いが、表面的であるということを含めつつ交際を提案してきた。
お互いの時間を使い食事をするだけ。それ以上の関係はきっとない。
峯岸の提案は彼なりに考えた父を納得させるためのものなのだと、悟る。
父の機嫌取りがうまくいったのかよく知らないが、峯岸は大きなプロジェクトに参加することが決まり、順調に出世の道を歩んでいるそうだ。おかげさまで、次のお見合い相手を紹介されずに済んでいる。ありがとう勇者よ。
「全然、大阪なんて近いものです。それに新幹線の中で仮眠取れたので、普段より元気なぐらいです。それより燕さん、何か心配事でもあるんですか?
こう見えて私、友人の相談事聞くの得意なんです」
やはり峯岸は素晴らしい人である。
人の機微に気づいて、さりげなく手を差し伸べてくれる。
「あ、シラフじゃ話しづらいなら、ちょっとお酒とか追加します?
ワインより……、少し甘めのカクテルとかどうですか?」
峯岸に勧められるままお酒のオーダーをする。甘くて優しい味わいのカクテルは、心をほぐす魔法の力がある。
固く閉ざしていた秘密のゲートを開くには、もってこいのアイテムだ。
