察しがいい勇者は早々に黒革の仕事カバンを手に立ち上がった。
 ああ、そうだ。これだけは言わなくてはと思い、「あの」と、勇者の足を止める。

「はい、なんでしょう?」

 勇者こと峯岸は、まさか引き止められると思わなかったのか、若干の緊張した面持ちで振り返った。
 丁寧にセットされた短めの前髪が揺れる。

「あの……。父が無理やりお見合いをお願いしたのだとお察します。
 峯岸さんは、きっと未来有望な方だと思います。
 ですから、決して選択を誤らないでくださいね」

 真っ直ぐに目を合わせ勇者へと告げると、まるで氷結魔法でも掛けられたかのように指先一つ動かなくなってしまった。
 このタイミングなら、スライムといえど勇者をワンキルできそうだ。
 などと想像しながら、「では」と席を立った。


【哀れなスライムが仲間にして欲しそうに見つめています。
 仲間にしますか?  YES/ NO 】

 勇者は、ちゃんとキャンセルボタンを押しただろうか。