ずきずき、と脈を打つような痛みが頭に広がり、
美羽はゆっくりと目を開けた。
「……ん……っ」
まぶたが重い。視界が揺れて、焦点がうまく合わない。
次に気付いたのは――口に巻かれた布の苦しさと、
手足を締めつけるロープだった。
「(……は? なに、これ……縛られてる……?)」
心臓が、一気に跳ね上がった。
周囲を見回す。
広い倉庫。薄暗い天井。
床には埃が積もり、白いソファーだけがぽつんと置かれている。
そこに、美羽は寝かされていた。
「(莉子……!)」
さっきまで一緒にいたはずの親友の姿が見えない。
美羽は体をよじって辺りを探すが、影すらない。
そして――足音。
コツ、コツ、コツ。
倉庫の奥から現れたのは、
紛れもない“狂気”を纏った男だった。
白百合の王……高城 秋人。
右目に白い眼帯、喉元まで広がる竜のタトゥー。
薄笑いは氷よりも冷たく、異様な艶やかさを含んでいる。
「やあ、黒薔薇のお姫様。目が覚めたかい?」
低く、湿った声。
美羽の喉がビクリと震えた。
「(……や、だ……)」
体が強ばるのに、秋人は楽しそうだった。
「喋れないよねぇ? 布、取ってあげよっか。」
秋人はしゃがみ込み、わざと顔を近づけながら、
美羽の口布を乱雑にほどいた。
「っ……はぁ、はぁ……!!」
息を吸い込む間もなく、美羽は叫んだ。
「莉子はどこ!? 莉子を返して!!」
秋人は舌で犬歯をなぞるように笑った。
「人の心配? 優しいんだねぇ。……でもダメ。
莉子は俺の可愛い“ペット”だもの。返すわけないよ?」
「はぁ!? ペットって……!」
「今から仕置きタイムなんだ。」
秋人が指を鳴らすと、
倉庫の奥から白百合のメンバーが莉子を引きずって現れた。
「莉子っ!!」
美羽は息を飲んだ。
莉子はボロボロだった。
頬には赤黒いアザ、唇の端が切れ、足元はふらついている。
「み……はね、……?」
か細い声。
涙が浮かんだ目が、助けを求めるように美羽を見ていた。
「なんで……なんでこんなことするの!?
あなた達、――血の繋がった兄妹なんでしょ!?」
美羽の叫びに、秋人は目を細めた。
「へぇ……気付いてたんだ?君、案外賢いんだね?」
「当たり前よ! でも、兄妹なのにどうしてこんな――!」
「莉子は“ペット”だよ。俺に逆らえない仕組みなんだ。」
秋人の声色が、唐突に暗く沈んだ。
「俺がこうなった時……覚えてるよ。
この醜い目の傷を負った日、莉子は泣きながら、僕にすがるように言ったんだ。
“お兄ちゃんを助けたい。もうこんな怪我しないで。
その代わり……私、一生言うことなんでも聞くから”って」
秋人の頬が、恍惚と歪む。
「嬉しかったなぁ。
だから俺は、莉子の大事なものを傷つけるのが大好きなんだ。苦しそうに歪んだ顔をみるとね、心が満たされるんだよ。」
美羽の背筋が凍りついた。
(……最悪だ。
秋人くん……もうまともじゃない)
それでも、美羽は秋人から目をそらさなかった。
「莉子が兄のあなたを想って言った言葉を……
どうしてそんな風に捻じ曲げるの!?
そんなの、家族の愛じゃない!!」
秋人の顔から笑みが消える。
「……君に俺の何がわかる?
想像できるか? 椿と並んでいた俺の“完璧な顔”が……
今はこれだ!!」
秋人は眼帯を乱暴に外した。
露わになった右目は――
硬く閉じられたまま、縦に稲妻のように深い傷跡が走っている。
でも、美羽は思った。
「(……綺麗な傷だと思うけど)」
本人には言えないが、本気でそう思った。
秋人は、美羽の表情を読み取れず苛立ったのか、
低く笑って首を傾けた。
「あはは、声も出ない? 怖いの?」
「怖くないわよ。
てか、いい加減ロープほどいてくれない?
あんたに構ってる暇ないの。莉子に言わなきゃいけないことの方が多いし。」
秋人の眉がぴくりと動いた。
「なぜだ…………
なんで“俺”を見ないんだ!?
なんで莉子ばっかりなんだぁぁぁぁ!!!」
叫んだ次の瞬間――
秋人は美羽に馬乗りになり、
両手で美羽の首を締め上げた。
「っ……!! やめ……っ、苦しい……!」
「もっと苦しめよ!!
俺に“助けて”って言え!!
椿が来る前に、絶望を味合わせてやる!!」
美羽の視界が揺れる。
肺が焼けるほど苦しく、呼吸ができない。
涙が溢れた。
莉子が泣きながら、振り絞るように美羽の名前を必死に叫んでいる。
(やだ……
こんなところで死にたくない……
椿くんに……言えてないこと、まだいっぱいあるのに……!
私どうしてあのとき、ちゃんと好きって言わなかったの……)
秋人が耳元で囁く。
「ねえ、美羽ちゃん。
君が死んだら、椿は……どんな顔するんだろうねぇ?」
胸が、締めつけられた。
美羽は、最後の力を振り絞った。
「…………き……」
「ん? 聞こえないなぁ」
秋人は美羽の首をさらに締める。
その瞬間――
美羽は全身を震わせ、喉が裂けそうなほど叫んだ。
「――つばきぃぃっ!!!!
助けてっっ!!!!」
その叫びは、倉庫の空気を裂き――
次の瞬間。
ガシャァァァァンッ!!!!!!
倉庫の扉が爆音とともに蹴破られた。
砂埃が舞い、光が差し込み――
その中心に、黒い特攻服の男が立っていた。
北条 椿。
息が止まりそうなほど鋭い眼光で。
喉の奥から獣が唸るような声で。
「秋人、…美羽から手ぇ離せ。ぶっ殺すぞ。」
美羽はゆっくりと目を開けた。
「……ん……っ」
まぶたが重い。視界が揺れて、焦点がうまく合わない。
次に気付いたのは――口に巻かれた布の苦しさと、
手足を締めつけるロープだった。
「(……は? なに、これ……縛られてる……?)」
心臓が、一気に跳ね上がった。
周囲を見回す。
広い倉庫。薄暗い天井。
床には埃が積もり、白いソファーだけがぽつんと置かれている。
そこに、美羽は寝かされていた。
「(莉子……!)」
さっきまで一緒にいたはずの親友の姿が見えない。
美羽は体をよじって辺りを探すが、影すらない。
そして――足音。
コツ、コツ、コツ。
倉庫の奥から現れたのは、
紛れもない“狂気”を纏った男だった。
白百合の王……高城 秋人。
右目に白い眼帯、喉元まで広がる竜のタトゥー。
薄笑いは氷よりも冷たく、異様な艶やかさを含んでいる。
「やあ、黒薔薇のお姫様。目が覚めたかい?」
低く、湿った声。
美羽の喉がビクリと震えた。
「(……や、だ……)」
体が強ばるのに、秋人は楽しそうだった。
「喋れないよねぇ? 布、取ってあげよっか。」
秋人はしゃがみ込み、わざと顔を近づけながら、
美羽の口布を乱雑にほどいた。
「っ……はぁ、はぁ……!!」
息を吸い込む間もなく、美羽は叫んだ。
「莉子はどこ!? 莉子を返して!!」
秋人は舌で犬歯をなぞるように笑った。
「人の心配? 優しいんだねぇ。……でもダメ。
莉子は俺の可愛い“ペット”だもの。返すわけないよ?」
「はぁ!? ペットって……!」
「今から仕置きタイムなんだ。」
秋人が指を鳴らすと、
倉庫の奥から白百合のメンバーが莉子を引きずって現れた。
「莉子っ!!」
美羽は息を飲んだ。
莉子はボロボロだった。
頬には赤黒いアザ、唇の端が切れ、足元はふらついている。
「み……はね、……?」
か細い声。
涙が浮かんだ目が、助けを求めるように美羽を見ていた。
「なんで……なんでこんなことするの!?
あなた達、――血の繋がった兄妹なんでしょ!?」
美羽の叫びに、秋人は目を細めた。
「へぇ……気付いてたんだ?君、案外賢いんだね?」
「当たり前よ! でも、兄妹なのにどうしてこんな――!」
「莉子は“ペット”だよ。俺に逆らえない仕組みなんだ。」
秋人の声色が、唐突に暗く沈んだ。
「俺がこうなった時……覚えてるよ。
この醜い目の傷を負った日、莉子は泣きながら、僕にすがるように言ったんだ。
“お兄ちゃんを助けたい。もうこんな怪我しないで。
その代わり……私、一生言うことなんでも聞くから”って」
秋人の頬が、恍惚と歪む。
「嬉しかったなぁ。
だから俺は、莉子の大事なものを傷つけるのが大好きなんだ。苦しそうに歪んだ顔をみるとね、心が満たされるんだよ。」
美羽の背筋が凍りついた。
(……最悪だ。
秋人くん……もうまともじゃない)
それでも、美羽は秋人から目をそらさなかった。
「莉子が兄のあなたを想って言った言葉を……
どうしてそんな風に捻じ曲げるの!?
そんなの、家族の愛じゃない!!」
秋人の顔から笑みが消える。
「……君に俺の何がわかる?
想像できるか? 椿と並んでいた俺の“完璧な顔”が……
今はこれだ!!」
秋人は眼帯を乱暴に外した。
露わになった右目は――
硬く閉じられたまま、縦に稲妻のように深い傷跡が走っている。
でも、美羽は思った。
「(……綺麗な傷だと思うけど)」
本人には言えないが、本気でそう思った。
秋人は、美羽の表情を読み取れず苛立ったのか、
低く笑って首を傾けた。
「あはは、声も出ない? 怖いの?」
「怖くないわよ。
てか、いい加減ロープほどいてくれない?
あんたに構ってる暇ないの。莉子に言わなきゃいけないことの方が多いし。」
秋人の眉がぴくりと動いた。
「なぜだ…………
なんで“俺”を見ないんだ!?
なんで莉子ばっかりなんだぁぁぁぁ!!!」
叫んだ次の瞬間――
秋人は美羽に馬乗りになり、
両手で美羽の首を締め上げた。
「っ……!! やめ……っ、苦しい……!」
「もっと苦しめよ!!
俺に“助けて”って言え!!
椿が来る前に、絶望を味合わせてやる!!」
美羽の視界が揺れる。
肺が焼けるほど苦しく、呼吸ができない。
涙が溢れた。
莉子が泣きながら、振り絞るように美羽の名前を必死に叫んでいる。
(やだ……
こんなところで死にたくない……
椿くんに……言えてないこと、まだいっぱいあるのに……!
私どうしてあのとき、ちゃんと好きって言わなかったの……)
秋人が耳元で囁く。
「ねえ、美羽ちゃん。
君が死んだら、椿は……どんな顔するんだろうねぇ?」
胸が、締めつけられた。
美羽は、最後の力を振り絞った。
「…………き……」
「ん? 聞こえないなぁ」
秋人は美羽の首をさらに締める。
その瞬間――
美羽は全身を震わせ、喉が裂けそうなほど叫んだ。
「――つばきぃぃっ!!!!
助けてっっ!!!!」
その叫びは、倉庫の空気を裂き――
次の瞬間。
ガシャァァァァンッ!!!!!!
倉庫の扉が爆音とともに蹴破られた。
砂埃が舞い、光が差し込み――
その中心に、黒い特攻服の男が立っていた。
北条 椿。
息が止まりそうなほど鋭い眼光で。
喉の奥から獣が唸るような声で。
「秋人、…美羽から手ぇ離せ。ぶっ殺すぞ。」



