西のブルナー領といえば、やはり精霊である。
光を反射して美しく青く輝く湖や川、実りが多い多種多様な木々が育つ森林、生命が育つ栄養たっぷりな大地。豊かな自然の中で生態を育む動物たちに混ざり、魔獣に聖獣、精霊や妖精、神霊などの異種生命体も暮らしている。
彼らの中で最も有名なのは、やはりブルナー家と深い縁で結ばれた大精霊・ポエテランジュである。そして彼女の伴侶、プゥカンタノン。フクロウのような姿をした、大陸に冬を知らせる北風の精霊だ。
数世紀前、プゥカンタノンがポエテランジュに一目惚れし猛アタックした様子は、精霊界では知らぬものはいない有名な話。新しく生まれた精霊の幼な子らに、語り聞かすほどの逸話である。
紆余曲折ありながら、晴れて結ばれたポエテランジュとゥカンタノンには、大切な大切な12匹の子供たちがいる。
まずは1番目。長女で、しっかりものを目指す”アヌ”。母親と同じモモンガのような姿だが、直しきれていない寝癖がヒョコヒョコと揺れている。
2番目は面倒くさがりな”ツヴ”。160近い背丈に、100キロ以上の体重を有す体格が非常に良い。故に常に寝て過ごしている姿は真っ白な小山の風体を思わせる。
父親と似たフクロウのような容姿で、隠密行動&追尾が得意な”ト”は3番目。紳士に憧れ優雅に振舞っているが『ウソくさい』と評判だ。
コトレットの相棒であり、飛ぶより足技に長けた”フィ”は4番目。
5、6、7番目は3つ子。いたずらが大好きな”サン”に、兄にノり、一緒に仕掛ける”セフ”。毛玉上2匹のストッパーは”セツ”は両翼で器用に仕掛けを解いている。
8番目は食い意地の張った”アフ”。毎度お馴染み、セオドアの相棒だ。
9番目は”ヌフ”。甘えん坊で寂しがり。日頃おとなしいが、歳の近いアフとは派手に喧嘩する。
一度気になると深く思考し始め、睡眠すらおろそかになる10番目の”ツェ”。不動の姿は鳥の模型だと勘違いされる。
11番目。モモンガのような姿でありながら、姉弟の中で唯一、耳で空を飛ぶ”オン”。
そして、50年前に生まれたばかりの末っ子”ツヴ”。大人ぶりたいのにいつまでも子供扱いされている。
寂しさが募りアンジュの元へ出向いたヌフに釣られ、他の姉弟たちも遊びに来たのであった。わざわざ海外出張中のフィまでも時空を超えて。
人間2人に、精霊が12匹。建物が緻密に集まる中央の借家では、流石にリビング・ダイニングルームは狭い。ぎゅうぎゅうに身を寄せながら朝ごはんを食べている。
「そういえばあったね。セオドア兄さんが中央で働き出したら、みんながいなくなった期間が」
5年前、セオドアが中央で働き始めてからの事だ。不慣れな土地で、仕事にもなれなかった次兄が西にしばらく帰ってこなかった期間であった。冬の休みを越してから、見かける精霊の姿が減っていた。元々ブルナー領地と精霊会を自由に行き来していたし、日中は屋敷で過ごしていた子もいた。広々としたベッドに違和感はあったが、それも徐々に窮屈になっていたため、特別気に留めていなかった。兄と協力して作り上げた山盛りのジャガイモのパンケーキを頬張りながら、アンジュは当時を思い出していた。
「あの時も真夜中に突然やって来てな。ベッドが壊れかけた」
あの時は12匹が一斉に時空を超えてやった来た。ベットに飛び込んだ勢いはアパートが大きく振動させたほど。それに驚き飛び起きた住人たちに真夜中にも関わらず頭を下げて回った、引っ越して5ヶ月ほどの珍事。あれから少し長い期間帰らなくてもヌフたちは平気であったため、セオドアもすっかり忘れていた。
「ギュイ!ギュイ」
「キュキュキュ」
「……」
「ホー」
「キューゥイ!ギュキュイ!」
「にぎやかだな」
「だね。むしろ西は静かだろうね」
12匹はいつものように、和気藹々と過ごしている。初めて訪れた場所にも関わらず、普段と変わりなく過ごしている。
耐寒の日以来の子供たちとの時間に、アンジュもセオドアものんびりと過ごしていたいが、彼女たちも生きてゆくには働かねばならない。フィもコトレットの元に一度帰ると翼をばたつかせるので、コトレットへの手紙を認める。手渡すと、フィは次元の穴へと姿を消した。
まだまだ一緒にいたいヌフも仕事場に着いて行く気満々で、涙で瞳をうるうるとさせて訴える。アンジュは軍に精霊申請を出していないため、仕事場への同伴はセオドアが務めることになった。
代わりに出勤は共に行く。
支度を整えて仲良く出勤。セオドアの背中にしがみつき、じゃれ合うアフとヌフ。
「しばらく精霊たちは帰らないぞ。他の姉弟はともかく、ヌフだけは3週間近くいたからな」
「うん、いいよ。全然。兄さんには苦労かけるけど」
「流石に家族精霊を宥めるために許可してください、は認められないかね」
「まぁ勝手にそこら辺にいるのが精霊や幽霊とかだがら許可を取るっていうのも変な話だけど。こればっかしは軍務めだからしょうがないね」
「…なぁ、アイツは最近来てるのか?」
「アイツって…もしかしてアルフレードのこと?」
「ビッ」
アルフレード、の単語にヌフが険しい顔になった。周囲を見渡し、必死に姿を探しているようだが、声音といい顔つきといい会いたい感情ではなさそうだ。
「大丈夫だ。アルフレードがいたんじゃない」
頭を撫でてやると、ヌフは背中へと戻っていった。アンジュは少し声を潜めた。
「…最近会えてないんだ」
耐寒の日以降、アルフレードとも会えていない。新年の催しに、広報の仕事が優先し、エゼリオ班はひっきりなしに呼ばれている。耐寒の日までの暇も、残念ながら長続きしなかった。今は春に開催される国の祭りに向け、軍全体がより忙しくなりつつある。”人事交流と地方防衛技術のノウハウを中央兵士への教授が目的”と移動させられときながら、放って置かれているウィリアム班も例に漏れない。
予定がすれ違い、お昼時間で会うことができれば少し言葉を交わす、その程度の逢瀬が続いていた。
「なら当分は我慢してもらえ。アイツが現れた途端、ヌフ機嫌悪くなるぞ。アンジュを取る!って」
「え」
促されて背中を見れば、じっとりアンジュを見つめるヌフの瞳。そういえば。耐寒の日も、ヌフは頬を膨らませてアンジュとアルフレードの間に割り込んでいたのを思い出した。あれは嫉妬だったのか。アルフレードとの時間はもちろん重要だが…今優先すべきはヌフである。遠くから見ても疲れが溜まっているアルフレード。寂しがりな彼も癒してあげれないのは心苦しいが、最優先はヌフ。変えなれない。アルフレードにはお昼休みにでも会い、お願いするしかない。アンジュは腹を括る。
「それじゃ、帰りな」
「うん。また後でね、ヌフ、アフ」
「ギューイ」
「キュイキュイ」
防衛局と警察局の入り口は違うため、アンジュとセオドアたちは別れた。
さて。可愛い毛玉2匹を引き連れたセオドア。
「可愛い!超可愛い!」
「眼福だわぁ!」
出勤早々に同僚たちに囲まれる。日頃からアフ目当てに様々な職員がやってくるが、今回はもう一匹のふわふわな毛玉を連れている話が防衛局まで流れ、さらに人がやって来る。軍が忙しいと聞いているのだが、実はそうでもないのか。それとも忙しすぎて癒しが欲しいのか。なにはともあれお疲れ様である。
餌付けで注意を引こうとたくさんの食べ物が置かれて行く。それらを食べる様子が、たまらなく可愛らしいのだ。ヌフが食べ物を貰う。すると大きな尻尾を振り、元気良く兄であるアフの元へ。
にいちゃん、はい!
ん、ありがと
またアフが貰うと。
ほい
わぁーい!
アフはヌフに分けるのであった。大精霊の子たちは、貰ったお菓子や果物を分け合いながら食べる。毛玉が仲むずまじく頬を膨らませる姿を見るのに、警察局の特別捜査課にはギャラリーができていた。
人騒がしい中でも淡々と業務をこなし、「食べ過ぎだ」とアフとお菓子の攻防を繰り広げるセオドアはいつも通り仕事に取り組んでいた。
場所を移って防衛局。時刻はお昼休み。
アンジュはアルフレードに会うためエゼリオ班に向かう途中、丁度彼と会うことができた。彼もアンジュと会って確認したいことがあると言う。
「ヌフたちが来ていると知らせが来たから、その確認に」
「え!なんで知ってるの!セオドア兄さんから聞いたの?」
首をゆるゆると振る彼は、手に持っていた書物を広げた。そこには30センチほどの大きさがある、立派な鈍く輝く灰色の羽があった。
「…トからかぁ…」
アルフレードは頷いた。
今朝のことだ。軍の男子独身寮。
まだ眠いと訴える意識を振り払い、起き上がったアルフレードは顔を洗おうと洗面台へ向かった。蛇口に手をかける。急に手元が暗くなった。灯りが切れたかと思ったアルフレードが顔を上げると、大きくて真っ白な能面が、真上からアルフレードを覗き込んでいた。
流石のアルフレードも腰を抜かした。ギリギリ悲鳴は飲み込んだが、心臓は痛いほど打つ。
((……!トか!))
刻むように息を吐き、吸う。繰り返し落ち着きを取り戻したアルフレードは、こちらを見下ろす存在がポエテランジュの3番目の子、トであると認識した。
トは低く鳴くと翼からハンカチを取り出して左右に振る。
ハンカチ。
様々な用途で使われるが、トが使う場合は涙を拭く時だ。泣き虫な妹の涙を。
『もしかしてヌフが来ている…?』
その呟きに満足したトは、座り込んだアルフレードの頭を撫でると姿を消した。1つ羽を落として…。
「怖かったね!ごめんね!後でトにはちゃんと言っておくね」
アルフレードに顛末を聞き、アンジュは頭を下げる。
ポエテランジュ3番目の子・トの行動は突拍子のないことが多い上、何故か天井を歩く癖がある。必然的に逆さになる訳だが、160センチの背丈がある鳥に見下ろされるのは、相当インパクトが強い。
「いや、大丈夫だ。彼もアンジュの手間を省こうとしたんだろうから」
「ありがとう。けど勝手に部屋に入るのはマナー違反だから。それで、その…言いづらいお願いなんだけど…」
アンジュは歯切れ悪く、悲しませてしまったヌフのためにしばらく時間を使いたいこと、そして彼女が帰るまでは会えない旨を伝えた。話している側から心が痛くなる。
婚約者の話に、アルフレードは固まった。
「…そう、か。うん、会えない期間は寂しいからな。存分に悲しみを癒してあげてほしい。けど、その」
「うん。打ち合わせの時は見逃してもらうようにお願いするよ」
先のイベントでランゲ家と。その時にアルフレードとも会う機会があるのだ。その時は会う制限を解いてもらわなければならない。
「アンジュ…それは俺からお願いしてもいいかな?」
「え!でも」
「俺の都合でもあるから。俺からもお願いするよ」
どうしても、と願うためアルフレードに任すことにしたアンジュ。セオドアたちと待ち合わせの場所を伝え、2人は久しぶりの逢瀬を終えたのであった。
光を反射して美しく青く輝く湖や川、実りが多い多種多様な木々が育つ森林、生命が育つ栄養たっぷりな大地。豊かな自然の中で生態を育む動物たちに混ざり、魔獣に聖獣、精霊や妖精、神霊などの異種生命体も暮らしている。
彼らの中で最も有名なのは、やはりブルナー家と深い縁で結ばれた大精霊・ポエテランジュである。そして彼女の伴侶、プゥカンタノン。フクロウのような姿をした、大陸に冬を知らせる北風の精霊だ。
数世紀前、プゥカンタノンがポエテランジュに一目惚れし猛アタックした様子は、精霊界では知らぬものはいない有名な話。新しく生まれた精霊の幼な子らに、語り聞かすほどの逸話である。
紆余曲折ありながら、晴れて結ばれたポエテランジュとゥカンタノンには、大切な大切な12匹の子供たちがいる。
まずは1番目。長女で、しっかりものを目指す”アヌ”。母親と同じモモンガのような姿だが、直しきれていない寝癖がヒョコヒョコと揺れている。
2番目は面倒くさがりな”ツヴ”。160近い背丈に、100キロ以上の体重を有す体格が非常に良い。故に常に寝て過ごしている姿は真っ白な小山の風体を思わせる。
父親と似たフクロウのような容姿で、隠密行動&追尾が得意な”ト”は3番目。紳士に憧れ優雅に振舞っているが『ウソくさい』と評判だ。
コトレットの相棒であり、飛ぶより足技に長けた”フィ”は4番目。
5、6、7番目は3つ子。いたずらが大好きな”サン”に、兄にノり、一緒に仕掛ける”セフ”。毛玉上2匹のストッパーは”セツ”は両翼で器用に仕掛けを解いている。
8番目は食い意地の張った”アフ”。毎度お馴染み、セオドアの相棒だ。
9番目は”ヌフ”。甘えん坊で寂しがり。日頃おとなしいが、歳の近いアフとは派手に喧嘩する。
一度気になると深く思考し始め、睡眠すらおろそかになる10番目の”ツェ”。不動の姿は鳥の模型だと勘違いされる。
11番目。モモンガのような姿でありながら、姉弟の中で唯一、耳で空を飛ぶ”オン”。
そして、50年前に生まれたばかりの末っ子”ツヴ”。大人ぶりたいのにいつまでも子供扱いされている。
寂しさが募りアンジュの元へ出向いたヌフに釣られ、他の姉弟たちも遊びに来たのであった。わざわざ海外出張中のフィまでも時空を超えて。
人間2人に、精霊が12匹。建物が緻密に集まる中央の借家では、流石にリビング・ダイニングルームは狭い。ぎゅうぎゅうに身を寄せながら朝ごはんを食べている。
「そういえばあったね。セオドア兄さんが中央で働き出したら、みんながいなくなった期間が」
5年前、セオドアが中央で働き始めてからの事だ。不慣れな土地で、仕事にもなれなかった次兄が西にしばらく帰ってこなかった期間であった。冬の休みを越してから、見かける精霊の姿が減っていた。元々ブルナー領地と精霊会を自由に行き来していたし、日中は屋敷で過ごしていた子もいた。広々としたベッドに違和感はあったが、それも徐々に窮屈になっていたため、特別気に留めていなかった。兄と協力して作り上げた山盛りのジャガイモのパンケーキを頬張りながら、アンジュは当時を思い出していた。
「あの時も真夜中に突然やって来てな。ベッドが壊れかけた」
あの時は12匹が一斉に時空を超えてやった来た。ベットに飛び込んだ勢いはアパートが大きく振動させたほど。それに驚き飛び起きた住人たちに真夜中にも関わらず頭を下げて回った、引っ越して5ヶ月ほどの珍事。あれから少し長い期間帰らなくてもヌフたちは平気であったため、セオドアもすっかり忘れていた。
「ギュイ!ギュイ」
「キュキュキュ」
「……」
「ホー」
「キューゥイ!ギュキュイ!」
「にぎやかだな」
「だね。むしろ西は静かだろうね」
12匹はいつものように、和気藹々と過ごしている。初めて訪れた場所にも関わらず、普段と変わりなく過ごしている。
耐寒の日以来の子供たちとの時間に、アンジュもセオドアものんびりと過ごしていたいが、彼女たちも生きてゆくには働かねばならない。フィもコトレットの元に一度帰ると翼をばたつかせるので、コトレットへの手紙を認める。手渡すと、フィは次元の穴へと姿を消した。
まだまだ一緒にいたいヌフも仕事場に着いて行く気満々で、涙で瞳をうるうるとさせて訴える。アンジュは軍に精霊申請を出していないため、仕事場への同伴はセオドアが務めることになった。
代わりに出勤は共に行く。
支度を整えて仲良く出勤。セオドアの背中にしがみつき、じゃれ合うアフとヌフ。
「しばらく精霊たちは帰らないぞ。他の姉弟はともかく、ヌフだけは3週間近くいたからな」
「うん、いいよ。全然。兄さんには苦労かけるけど」
「流石に家族精霊を宥めるために許可してください、は認められないかね」
「まぁ勝手にそこら辺にいるのが精霊や幽霊とかだがら許可を取るっていうのも変な話だけど。こればっかしは軍務めだからしょうがないね」
「…なぁ、アイツは最近来てるのか?」
「アイツって…もしかしてアルフレードのこと?」
「ビッ」
アルフレード、の単語にヌフが険しい顔になった。周囲を見渡し、必死に姿を探しているようだが、声音といい顔つきといい会いたい感情ではなさそうだ。
「大丈夫だ。アルフレードがいたんじゃない」
頭を撫でてやると、ヌフは背中へと戻っていった。アンジュは少し声を潜めた。
「…最近会えてないんだ」
耐寒の日以降、アルフレードとも会えていない。新年の催しに、広報の仕事が優先し、エゼリオ班はひっきりなしに呼ばれている。耐寒の日までの暇も、残念ながら長続きしなかった。今は春に開催される国の祭りに向け、軍全体がより忙しくなりつつある。”人事交流と地方防衛技術のノウハウを中央兵士への教授が目的”と移動させられときながら、放って置かれているウィリアム班も例に漏れない。
予定がすれ違い、お昼時間で会うことができれば少し言葉を交わす、その程度の逢瀬が続いていた。
「なら当分は我慢してもらえ。アイツが現れた途端、ヌフ機嫌悪くなるぞ。アンジュを取る!って」
「え」
促されて背中を見れば、じっとりアンジュを見つめるヌフの瞳。そういえば。耐寒の日も、ヌフは頬を膨らませてアンジュとアルフレードの間に割り込んでいたのを思い出した。あれは嫉妬だったのか。アルフレードとの時間はもちろん重要だが…今優先すべきはヌフである。遠くから見ても疲れが溜まっているアルフレード。寂しがりな彼も癒してあげれないのは心苦しいが、最優先はヌフ。変えなれない。アルフレードにはお昼休みにでも会い、お願いするしかない。アンジュは腹を括る。
「それじゃ、帰りな」
「うん。また後でね、ヌフ、アフ」
「ギューイ」
「キュイキュイ」
防衛局と警察局の入り口は違うため、アンジュとセオドアたちは別れた。
さて。可愛い毛玉2匹を引き連れたセオドア。
「可愛い!超可愛い!」
「眼福だわぁ!」
出勤早々に同僚たちに囲まれる。日頃からアフ目当てに様々な職員がやってくるが、今回はもう一匹のふわふわな毛玉を連れている話が防衛局まで流れ、さらに人がやって来る。軍が忙しいと聞いているのだが、実はそうでもないのか。それとも忙しすぎて癒しが欲しいのか。なにはともあれお疲れ様である。
餌付けで注意を引こうとたくさんの食べ物が置かれて行く。それらを食べる様子が、たまらなく可愛らしいのだ。ヌフが食べ物を貰う。すると大きな尻尾を振り、元気良く兄であるアフの元へ。
にいちゃん、はい!
ん、ありがと
またアフが貰うと。
ほい
わぁーい!
アフはヌフに分けるのであった。大精霊の子たちは、貰ったお菓子や果物を分け合いながら食べる。毛玉が仲むずまじく頬を膨らませる姿を見るのに、警察局の特別捜査課にはギャラリーができていた。
人騒がしい中でも淡々と業務をこなし、「食べ過ぎだ」とアフとお菓子の攻防を繰り広げるセオドアはいつも通り仕事に取り組んでいた。
場所を移って防衛局。時刻はお昼休み。
アンジュはアルフレードに会うためエゼリオ班に向かう途中、丁度彼と会うことができた。彼もアンジュと会って確認したいことがあると言う。
「ヌフたちが来ていると知らせが来たから、その確認に」
「え!なんで知ってるの!セオドア兄さんから聞いたの?」
首をゆるゆると振る彼は、手に持っていた書物を広げた。そこには30センチほどの大きさがある、立派な鈍く輝く灰色の羽があった。
「…トからかぁ…」
アルフレードは頷いた。
今朝のことだ。軍の男子独身寮。
まだ眠いと訴える意識を振り払い、起き上がったアルフレードは顔を洗おうと洗面台へ向かった。蛇口に手をかける。急に手元が暗くなった。灯りが切れたかと思ったアルフレードが顔を上げると、大きくて真っ白な能面が、真上からアルフレードを覗き込んでいた。
流石のアルフレードも腰を抜かした。ギリギリ悲鳴は飲み込んだが、心臓は痛いほど打つ。
((……!トか!))
刻むように息を吐き、吸う。繰り返し落ち着きを取り戻したアルフレードは、こちらを見下ろす存在がポエテランジュの3番目の子、トであると認識した。
トは低く鳴くと翼からハンカチを取り出して左右に振る。
ハンカチ。
様々な用途で使われるが、トが使う場合は涙を拭く時だ。泣き虫な妹の涙を。
『もしかしてヌフが来ている…?』
その呟きに満足したトは、座り込んだアルフレードの頭を撫でると姿を消した。1つ羽を落として…。
「怖かったね!ごめんね!後でトにはちゃんと言っておくね」
アルフレードに顛末を聞き、アンジュは頭を下げる。
ポエテランジュ3番目の子・トの行動は突拍子のないことが多い上、何故か天井を歩く癖がある。必然的に逆さになる訳だが、160センチの背丈がある鳥に見下ろされるのは、相当インパクトが強い。
「いや、大丈夫だ。彼もアンジュの手間を省こうとしたんだろうから」
「ありがとう。けど勝手に部屋に入るのはマナー違反だから。それで、その…言いづらいお願いなんだけど…」
アンジュは歯切れ悪く、悲しませてしまったヌフのためにしばらく時間を使いたいこと、そして彼女が帰るまでは会えない旨を伝えた。話している側から心が痛くなる。
婚約者の話に、アルフレードは固まった。
「…そう、か。うん、会えない期間は寂しいからな。存分に悲しみを癒してあげてほしい。けど、その」
「うん。打ち合わせの時は見逃してもらうようにお願いするよ」
先のイベントでランゲ家と。その時にアルフレードとも会う機会があるのだ。その時は会う制限を解いてもらわなければならない。
「アンジュ…それは俺からお願いしてもいいかな?」
「え!でも」
「俺の都合でもあるから。俺からもお願いするよ」
どうしても、と願うためアルフレードに任すことにしたアンジュ。セオドアたちと待ち合わせの場所を伝え、2人は久しぶりの逢瀬を終えたのであった。
