図書館の窓際。

春の光が差し込む中、湊と莉瀬は並んで座っていた。

「この本、読んだことある?」

湊が差し出したのは、莉瀬が前に話していた作家の新刊だった。

「えっ、それ…好きなやつ!湊くんも読むの?」

「うん。莉瀬ちゃんが話してたから、気になって。…読んでみたら、すごくよかった」

「へぇ~、なんか嬉しいな」

莉瀬は笑って、ページをめくる。

湊はその横顔を、そっと見つめた。

光に透ける髪、静かに動くまつげ、ページをめくる指先。

「…莉瀬ちゃんって、ほんとに優しいよね」

「え?なに急に」

「弟たちにも、僕にも。…でも、自分のことは後回しにしてる」

莉瀬は、少しだけ目を伏せた。

「そんなことないよ。わたし、ただ…放っておけないだけ」

「それが優しいってことだよ」

湊は、まっすぐに言った。

「…でもさ」

湊は、少しだけ声を落とした。

「僕には、もっと頼ってほしいな。…“弟”じゃなくて、“僕”に」

莉瀬は、はっとして湊を見た。

その目は、いつもよりずっと真剣で、まっすぐだった。

「…湊くん…?」

「僕、莉瀬ちゃんに“かわいい”って言われるの、ちょっと複雑なんだ」

「えっ…なんで?」

「かわいいって、子どもみたいでしょ?…僕は、ちゃんと“男”として見てほしい」

莉瀬は、言葉を失った。

湊の声は静かだったけど、その奥にある想いが、胸にじんわりと響いてくる。

「…ごめん、変なこと言ったかも」

湊は照れたように笑って、視線をそらした。

「ううん…なんか、ちょっとドキッとした」

莉瀬は、頬を赤らめながらつぶやいた。

湊はその言葉に、少しだけ目を見開いた。

でも、すぐにふわっと笑って、「よかった」と言った。

——少しずつでいい。

——でも、ちゃんと伝えていく。

春の図書館。

ふたりの距離は、確かに、今までよりも近づいていた。